Takashi Yamaguchi, English Speaking Japanese Tax Accountant
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事業? 一時? それとも「雑」?

いきなりですが、9月1日の日経新聞(電子版)からの引用です。

大量の馬券購入で得た所得を確定申告した横浜市の男性が、外れ馬券の購入費は経費に計上できないとして追徴課税した税務署の処分取り消しを求めた訴訟で、最高裁第1小法廷(小池裕裁判長)は男性の上告を受理しない決定をした。8月29日付。男性敗訴の一、二審判決が確定した。
確定判決によると、男性は競馬予想ソフトを使って馬券を購入し、2009~10年に約3億円の払い戻しを受けた。外れ馬券の購入費を経費に算入できる「事業所得」として申告したが、税務署は経費に算入できない「一時所得」に当たるとして課税した。
16年11月の横浜地裁判決は「営利を目的とする継続的な行為から生じた所得とは認められない」として、課税処分は妥当と判断。東京高裁も支持した。

本気で競馬に賭けている人ってすごいですね。
この事件なにが問題になっているかというと、所得税の「所得区分」と「必要経費の範囲」です。
「事業所得」か「一時所得」かがどうしてこんなに一大事になっているのでしょう?
順を追って解説します。

所得税法上の「所得区分」

特定の目的のために設立されて法人格を与えらえている法人の場合、何をやってもそれは事業活動だといえます。
一方、生まれながらの自然人である個人の場合は、その活動はいろいろな性格をもっています。
所得税の課税対象は「所得」、すなわち経済的な利得ですが、どのような活動によって得られた利得かによって担税力(その利得から税金を負担できる能力)は異なります。
担税力を考慮して、反復的・継続的に生じる利得のみ課税し、一時的・偶発的・恩恵的利得には課税しないという考え方(制限的所得概念)がある一方、人の担税力を増加させる経済的利得はすべて所得だとする考え方(包括的所得概念)もあります。
戦前の日本は制限的所得概念でしたが、第二次世界大戦後アメリカの影響を受けて包括的所得概念に転じました。

ということで、日本の所得税は「人の担税力を増加させる経済的利得」、すなわち「所得」をすべからく課税する仕組みになっています。
所得税法(21条1号、23~35条)は、所得をその源泉ないし性質に応じて10種類に分類しています。
反復・継続的利得として「利子所得」、「配当所得」、「不動産所得」、「事業所得」、「給与所得」、「退職所得」の6種類、一時的・偶発的利得として「山林所得」、「譲渡所得」、「一時所得」の3種類が個別に規定されています。
そして、これら9種類のいずれにも該当しない所得はすべて「雑所得」に含まれます。
法律によって非課税とされない限り、所得はこれら10種類のいずれかに分類されて所得税の課税対象になります。
今回問題になっている「事業所得」「一時所得」そして「雑所得」はいずれも総所得金額を構成し、累進税率で課税されます。
ただし、「一時所得」は一時的・偶発的所得であるため担税力が低いと考えられており、実際に所得税が課税されるのは半分だけです。

「事業所得」とは?

農業・漁業・製造業・小売業・サービス業など各種の事業から生じる所得のことです(法27条1項)。
判例(最判昭和56年4月24日)によると、「事業」とは、自己の計算と危険において①営利を目的として②対価を得て③継続的に行う経済活動ということになっており、法令によって禁止されている事業(例:ヤブ医者、白タク、にせ税理士)も所得税法上は「事業」になります。
もっとも、ある経済活動が事業に該当するかどうかは、活動の規模と態様、相手方の範囲等、種々のファクターを参考に判断すべきであり、最終的には社会通念で決定すべきとされており、その判断が難しいこともあります。
過去の裁判例でも先物取引は事業にあたるが、株式の信用取引はあたらないという司法判断があり、似たものであっても一様ではありません。

裁判所は今回の競馬所得について「非対価性要件及び非継続性要件をいずれも満たす」、すなわち要件②と③を同時に欠くため、事業所得には該当しないと判断しています。
馬券を買う(レースに賭ける)という行為が②の要件を満たさないというのはもっともだと思いますが、③については該当する余地はあるようにも思います。
なにしろ、この方、2008年から2015年の8年間で15,960レース(年平均約2000レース)の馬券を買っています。
「経済活動」といえるかどうかはさておき、少なくとも「継続性」はあるといえるのではないでしょうか。

「一時所得」とは?

利子所得ないし譲渡所得以外の所得のうち、①営利を目的とする③継続的行為から生じた所得以外の一時の所得で、②労務その他の役務のまたは資産の譲渡の対価としての性質、をもたないものです(法34条1項)。

今回は③を満たさないので「‥以外の一時の所得」にあたり、②も満たさないので「一時所得」に該当すると判断しています。

「雑所得」との関係は?

上記の要件①から③によって個人が得た所得を「事業所得」「一時所得」に峻別することが可能です。
いずれにも該当しない場合は「雑所得」になります。
三つの要件の関係をベン図で表すと以下のようにAからGの7つの領域に区分できます。

①ないし③すべて満たす→ A「事業所得」
①を満たすが②と③を欠く→ D「一時所得」(本件)
③を満たすが②と①を欠く→ G「一時所得」

その他のパターン
②を満たすが①と③を欠く→ E「雑所得」
②を満たすが①を欠く→ E・F「雑所得」
②を満たすが③を欠く→ B・E「雑所得」
②を欠くが①と③を満たす→ C「雑所得」(最判平成29年12月15日)

つまり対価がなくても①と③を要件を満たせば「雑所得」にあたるということです。

「必要経費」の範囲

「必要経費」とは所得を得るために必要な支出のことです。
日本の所得税は、人の担税力を増加させる経済的利得はすべて所得とみていますが、これを換言すれば、 取得した経済的価値のうち原資の維持に必要な部分は所得にあたらないということになります。
これが、所得の計算上、必要経費の控除、譲渡資産の取得原価の控除を認める根拠です。

もっとも、なにが必要経費の範囲に含まれるかは所得区分によって異なることがあります。
「一時所得」の場合は「その収入を生じた行為をするため、又はその収入を生じた原因の発生に伴い直接要した金額に限る」(34条2項)となっています。
このルールを競馬にあてはめると、その収入(賞金)を生じた行為(あたり馬券の購入)をするため直接要した金額(あたり馬券の代金)しか必要経費になりません。
せっかく「一時所得」が半分しか課税されないとしても、必要経費にできないはすれ馬券が山ほどあると、実質的に赤字でも所得税を負担しなければならない事態も起こり得ます。

一方、「事業所得」「雑所得」の金額の計算上必要経費に算入すべき金額は、以下の2つの費用の合計です(37条1項)

・その総収入金額にかかる売上原価その他当該収入を得るために直接要した費用
・その年における販売費、一般管理費その他これらの所得を生ずべき業務について生じた費用の額

このルールを競馬にあてはめると、あたり馬券の購入費用(直接要した費用)だけでなく、その他これらの所得を生ずべき業務(競馬に賭ける)について生じた費用(はずれ馬券も含む)も必要経費になります。
はずれ馬券代を差し引いて赤字なら所得税の負担はありません。

なぜ「事業所得」で申告したのか?

「雑所得」で申告しても必要経費の範囲は「事業所得」と変わりません。
今回のケースと活動の規模・態様に違いがあると思われますので、一律に比較はできませんが、競馬所得が「雑所得」にあたるとした判例(最判平成29年12月15日)もあります。

今回の訴訟は、「事業所得」として申告した所得を税務署が「一時所得」に更正した処分の取消しを求めるものでした。
そのため、競馬の所得が「事業所得」と「一時所得」のいずれにあたるかが争われており、「雑所得」にあたるかどうかは争点になっていません。
訴訟法上のルール(弁論主義)の下では、原告(納税者)・被告(国)のいずれも「雑所得」にあたると主張していない以上、裁判所が「雑所得にあたるよ」という判決は出せません。
その結果、裁判所が下せる審判は、納税者が主張する「事業所得」か、国が主張する「一時所得」の一択に絞られました。

先述のとおり、「事業所得」に該当するには①ないし③の要件をすべて満たす必要があります。
一つでも要件を欠けば、納税者の主張は排斥されるという不利な条件での争いでした。
もしも、横浜の男性が「雑所得」で確定申告していたら、裁判での争い方、ひいては結果も違っていたかもしれません。

もっとも、裁判所は今回の競馬所得について「非対価性要件及び非継続性要件をいずれも満たす」、すなわち要件②と③を同時に欠くと認定しています。
もし、男性側が競馬所得が「雑所得」で申告していたとしても、裁判所が同じ事実認定をするなら、これを覆す立証に成功しない限り結論は同じ(領域D=一時所得)になってしまいます。
訴訟の帰趨は証拠次第です。厳しいですね。

***

結局のところ「競馬は娯楽」という社会通念に支配された判決であるように感じます。
世の中には娯楽のような事業をしている人はたくさんいます。
娯楽と事業の線引きも時世の流れで変わっていくのでしょうかね・・・

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