Takashi Yamaguchi, English Speaking Japanese Tax Accountant

「双方居住者」の課税上の問題

今年の初めからコロナ禍の影響で日本滞在が長びいている方から所得税の申告に関するお問い合わせをたくさんいただいています。
中でも最近増えているのが「双方居住者」が絡む事案です。

「双方居住者」とは

同時に二か国の税法のもとで居住者に該当してしまう者(個人・法人)のことです。
どういう要件に該当すると「居住者」としてその国で課税されるかはそれぞれの国の税法にルールがあります。

日本の所得税法では、国内に住所を有し、または現在まで引き続いて1年以上居所を有する個人が「居住者」に該当するとされています(所得税法2条3号)。

つまり、国内に「住所」があれば、滞在期間に関係なく「居住者」になりますし、住所がなくても引き続いて1年以上「居所」があれば、1年を経過した時点から「居住者」になります。この所得税法の規定のもとでは、「居住者」以外の者(すなわち、国内に住所を有せず、かつ、現在まで居所を有していた期間が1年未満の者)は「非居住者」とされます。

しかし、「居住者」の定義は国ごとに異なりますから、日本の所得税法のもとで「居住者」とされる者が外国でも「居住者」に該当することもありえるのです。

そのような状況下では税務上何かと厄介なことになります。

「双方居住者」と「全世界所得課税」

その国で「居住者」に該当するかどうかは、所得税(法人の場合は法人税)の課税関係に大きく影響します。
一般的に、居住者の方が非居住者よりも課税される所得の範囲が広くなります。

例えば、日本の所得税法の下では、居住者がすべての所得(全世界所得)について課税されるのに対して、非居住者は国内で得た所得(国内源泉所得)にのみ課税されます。
イギリス、オーストラリアなどの税法でも同様のルールになっているようです。
ちなみに、アメリカでは、非居住者であってもアメリカの永住権を持っている個人(いわゆるグリーンカード・ホルダー)に対しては居住者並みに全世界所得ベースで課税するというちょっと変わったルールがあります。
居住者であっても国内源泉所得にしか課税しないという国・地域(シンガポール、香港など)もありますが、どちらかといえば少数派です。

全世界所得課税が行われる複数の国で双方居住者に該当すると、それぞれの国で全世界所得課税を受けることになり、同一の所得に対して複数国で重複して課税されてしまうという問題が生じます。
例えば、転勤で日本にやってきて国内で給与所得を得ている人が同時にイギリスの自宅(空き家)を人に貸して不動産所得を得ていたとします。この場合、日本からみると給与所得は国内源泉所得、不動産所得は国外源泉所得ということになります。
この人が日本からみて居住者、イギリスから見て非居住者であれば、給与所得・不動産所得の両方が日本で課税され(ただし、非永住者である間の国外源泉所得については送金がなければ課税されません)、イギリスでは不動産所得のみが課税されます。
不動産所得(日本から見て国外源泉所得)については日英両国で所得税が課税されるため一時的に二重課税が生じますが、イギリスで納税した所得税のうち一定額までは日本の所得税額から控除(外国税額控除)できるので、二重課税を排除ないし軽減できるはずです。

一方、同じ人がイギリスでも居住者ということになると、給与所得もイギリスで課税されてしまい、二重課税の範囲が広がります。この場合、給与(日本から見て国内源泉所得)についてイギリスで納税した所得を日本で外国税額控除の対象にすることはできません。
なぜなら、日本での外国税額控除の対象となる外国の所得税は、国外源泉所得について課税されたものに限られているためです。日本からみて国内源泉所得にあたる所得に対して外国が課税しても、それは相手国の税法の問題であって、日本が譲歩してまで二重課税を排除する必要はないという考え方をとっているようです。この場合、給与所得に対する二重課税を排除できるかどうかはイギリスの税法次第ということになります。

このように、双方居住者は外国税額控除が十分に機能しないために二重課税を避けられないというリスクを負うことになります。

租税条約による解決策(タイブレーカー・ルール)

もっとも、イギリスのように日本と租税条約を締結している国との間であれば、この双方居住者問題を解決する手立てがあります。
租税条約には双方居住者の居住地振り分けルール(タイブレーカー・ルール)があるのが通例です。例えば日英租税条約第4条は以下のように定めています。

第4条(居住者)

1 この条約の適用上、「一方の締約国の居住者」とは、当該一方の締約国の法令の下において、住所、居所、本店又は主たる事務所の所在地、事業の管理の場所、法人の設立場所その他これらに類する基準により当該一方の締約国において課税を受けるべきものとされる者をいい、次のものを含む。(中略)
ただし、一方の締約国の居住者には、当該一方の締約国内に源泉のある所得、利得又は収益のみについて当該一方の締約国において租税を課される者を含まない。

2 1の規定により双方の締約国の居住者に該当する個人については、次のとおりその地位を決定する。

⒜ 当該個人は、その使用する恒久的住居が所在する締約国の居住者とみなす。その使用する恒久的住居を双方の締約国内に有する場合には、当該個人は、その人的及び経済的関係がより密接な締約国(重要な利害関係の中心がある締約国)の居住者とみなす。

⒝ その重要な利害関係の中心がある締約国を決定することができない場合又はその使用する恒久的住居をいずれの締約国内にも有しない場合には、当該個人は、その有する常用の住居が所在する締約国の居住者とみなす。

⒞ その常用の住居を双方の締約国内に有する場合又はこれをいずれの締約国内にも有しない場合には、当該個人は、当該個人が国民である締約国の居住者とみなす。

⒟ 当該個人が双方の締約国の国民である場合又はいずれの締約国の国民でもない場合には、両締約国の権限のある当局は、合意により当該事案を解決する

日英租税条約が適用される場合、1が定めるように、まずは一方の締約国(所得税を課税しようとする日英それぞれの国)の法令に従ってその国の居住者に該当するかどうかを決めます。
その結果、日英両国で居住者に該当してしまう個人については2(a)から(d)の定めに従い、いずれかの国の居住者とみなすことになっています。
ここで、いずれか一方の国の居住者(他方の国からみれば非居住者)に決めて、二重課税の問題も外国税額控除の問題も解消しまおうということです。

もっとも、条約のタイブレーカー・ルールが基準とする「恒久的住居」、「重要な利害関係の中心」、「常用の住居」は抽象的すぎて、条約の文言だけで居住地を判定することが困難なケースが想定されます。
そのような場合に納税者の主観的判断が後々課税当局によって否認されるというリスクもあります。最悪の場合、両国の税務当局から「あなたは我が国の居住者です」と認定されてしまうかもしれません。
日英租税条約の場合、2(d)により最終的には両国の税務当局が協議していずれの国の居住者に該当するかを決めるということになってはいますが、このような二国間協議は時間を要する上、必ず合意に至る保証もありません。
また、租税条約によってはこのような二国間協議に関する定めを置いていないこともありますので、タイブレーカー・ルールがあるからといって二重課税を解消できるとは限りません。
このように租税条約が実質的に機能しないおそれがあることが双方居住者問題の最大のリスクといえます。

納税者自身による自衛策

では、双方居住者問題のリスクを減らすにはどうすればよいでしょう?

租税条約が適用できる場合には、その条約のタイブレーカー・ルールの下で居住地が明確になるように積極的に居住実態を変えていくのが最善策だと思います。
「恒久的住居」、「重要な利害関係の中心」、「常用の住居」の三要素が一か国に集約するように仕事・家族・生活の拠点を変更できれば完璧です。

適用できる租税条約がない場合は、相手国の国内法における居住者該当性基準を調べて、その基準に適合する(あるいは適合しない)ように居住実態を整えるしかありません。
国によっては税務当局が基準を公表しています。

いずれにしても、判断に迷う場合は税務当局に照会するのがベストです。
といっても、言葉や制度上の問題(日本の場合は具体的事案でなければ質問に回答しない上、文書回答は稀。また、行政指導という立場上、回答に法的拘束力なし=後ではしごを外されることもある)、時間的制約(どこの国でも税務当局への照会には時間がかかる)があるので、簡単ではありません。

これこそが、双方居住者問題の実務上の困難さといえます。

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途中軽く触れましたが、アメリカの永住権をお持ちの方が日本の居住者になられると課税関係が複雑になりがちです。
この問題については別の機会にブログにまとめたいと思います。

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