Takashi Yamaguchi, English Speaking Japanese Tax Accountant

ひとり会社の設立

もうすぐ元号も変わります。
心機一転、起業しようとお考えの方も多いと時期だと思いますが、みなさまは起業=会社設立とお考えではないでしょうか?
個人事業にするか、会社を新設するか…いろいろ検討してから決めた方がいいですよ。

その会社、本当に必要ですか?

よく、日本の会社数の99%は中小企業が占めていると言われます。
少し前の統計になりますが、国税庁の「会社標本調査結果」(平成28年度分)によると、休業・清算中の法人、一般社団・財団法人、特殊法人を除いた法人数は2,672,033社で、そのうち資本金1億円以下の法人数が占める割合は99.2%ということですから、この「99%」説は本当のようです。
同統計によると、資本金1,000万円以下の法人は2,294,035社(全体の85.9%)もあるそうです。
大企業がいかに少ないかという文脈で使われる「99%」ですが、実数をみると中小企業の絶対数がいかに多いかわかります。

2006年施行の会社法によって最低資本金、取締役員数などの規制が撤廃されて「ひとり会社」の設立が容易になったという事情を考えると、これら約230万社の「小さい会社」には、実質的に個人事業と大差ない「ひとり会社」がけっこうな数含まれているのではないかと思われます。
しかし、たとえ「ひとり会社」であっても、設立後は会社法の定めにしたがって運営される必要があります。
「ひとり会社」では何かも自分ひとりでこなさなければなりませんから、そんな手間が
本業の妨げになるかもしれません。
逆に、本業に専念しすぎて、会社組織として踏まなければならない手続きがおざなりになることもありえます。

起業にあたっては、本業に専念できる環境整備を優先すべきと私は考えます。
お金を払って外部専門家を使うにしても、自分が情報を整理して提供しなければ、なにも始まりません。
会社としての体裁を保つための時間的・金銭的負担が大きいようなら、個人事業者として起業した方がよいように思います。

共同出資者がいて、それなりの額の資本金が集まるなら、信用も厚くなりますし、有限責任制度によって一般株主を保護できるので、法人化のメリットは大きいといえます。
でも、ひとりで起業するなら…おそらく経営者の個人保証なしに「ひとり会社」の信用は成り立たないでしょうし、ひとたび「ひとり会社」で問題が起きれば、唯一の株主である経営者である個人が「有限責任」を主張しても、道義上免責されることは難しいと思うのです。
「ひとり会社」って本当に必要なのか、今一度検討してみる価値があるのではないでしょうか。

個人事業者のままだと不利ですか?

多くの方が「ひとり会社」設立の理由として「節税」をあげます。
個人所得税は下図のような「累進税率」によって課税され、所得が大きくなれば、最高45%の税率で課税されます。

総合課税所得の合計
Total amount of ordinary income
税率
Tax rate
控除額
Credit amount
195万円以下 JPY1,950,000 or less 5% 0
195万円超
330万円以下
more than JPY1,950K and
JPY3,300K or less
10% JPY97,500
330万円超
695万円以下
more than JPY3,300K and
JPY6,950K or less
20% JPY427,500
695万円超
900万円以下
more than JPY6,950K and
JPY9M or less
23% JPY636,000
900万円超
1,800万円以下
more than JPY9M and
JPY18M or less
33% JPY1,536,000
1,800万円超
4,000万円以下
more than JPY18M and
JPY40M or less
40% JPY2,796,000
4,000万円超 more than JPY40M 45% JPY4,796,000

この他に地方税である住民税が10%と事業税が5%課税されますので、個人事業者の所得に対する最高税率は60%に達します。

これに対して法人の所得に対する税率は、資本金額・所得金額が小さい場合に軽減されることはありますが、基本的に固定税率です。
資本金1億円以下の会社の場合、国税・地方税の合計の最高税率は38.07%です。

これだけ見ると、個人事業者のままだと不利に思えるかもしれません。
しかし、実際に個人に対する税率が38.07%を超えてくるのは、けっこう所得金額が高額になってからのことです。
たとえば、独身の個人事業者の事業所得金額(売上ではありません。必要経費などを控除した利益レベルの金額です。)に対する所得税・地方税を試算してみると下図のような感じです。
個人事業者税負担割合 事業所得金額が2,200万円から2,300万円の間あたりで税負担率が38%を超えてきます。
売上ではなくて利益で2,000万を超えるのはけっこう大変なレベルです。
起業直後からそのくらいの利益がでる見込みがあるなら会社設立を急いだほうが良いでしょうが、そうでもなければ、次の「利益還元の方法」をよく検討してからの方がいいと思います。

利益還元の方法によって変わる手取り額

ひとり会社の利益を株主兼役員に還元する主な方法は「配当」と「役員報酬」です。

配当

配当は税引後利益(法人税等が課税された残りの利益)の還元なので、法人税の負担が重くなり、その分株主の手取りは少なくなります。
受け取った配当金には個人所得税が課税されます。非上場会社からの配当は総合課税扱いなので、累進税率で課税されてしまいます。
法人税と個人所得税の二重課税を緩和する「配当控除」という制度がありますが、最大でも配当所得の10%(住民税は2.8)しか控除できないので、その効果は限定的です。
税務的にはあまり有利な利益還元の方法とはいえません。

役員報酬

会社から役員に支払う給与(役員報酬)は原則として法人税の計算上「損金」なりません。
もっとも、毎月支給する固定給や、事前に税務署に届け出たとおりに支給する給与は、損金算入できるという特例がありますので、実務的にはこの特例を利用して、法人税の税負担を軽減するのが一般的です。

役員報酬には個人所得税の観点からもメリットがあります。
給与所得には「給与所得控除」という必要経費の概算控除(最低55万円、最高195万円)が認められるため、支給された金額がまるまる課税されることはありません。

このように、法人税の計算上役員報酬を損金に算入しつつ、個人所得税の計算上給与所得控除を使って、法人税・所得税の両方の負担を軽減できることは、個人事業を法人成りする主要な税務メリットといえます。
ただし、事業所得の他にも総合課税を受ける所得(給与所得、不動産所得)がある場合には、それらの所得と合算した金額で税負担を考慮してください。個人と会社に所得を分散することで、全体の税負担を軽くできるかもしれませんが、不動産等の個人資産を会社に移すときには個人に「譲渡所得」課税が発生することがありますので気を付けてください。節税するつもりが、思わぬ税負担を強いられることになりかねません。

重くなる社会保険料の負担

また、役員報酬には、その金額に応じて1年あたり最低でも約20万円、最高で約300万円の社会保険(健康保険・厚生年金)がかかります。
個人事業者の社会保険の負担額が年70万から90万円くらい(単身者の場合)で頭打ちになることに比べると、かなりの負担増です。
法人成り後の社会保険は、会社と個人が半分ずつ負担します。会社負担分は損金になりますので、一応節税効果はありますが、個人の手取りだけでなく、会社の利益も減ってしまいます。
会社の利益のほぼ全額を役員に支給すれば、法人税の負担を限りなくゼロに近づけることができますが、約28%の社会保険の負担と、累進税率で課税される個人所得税の負担を考えると、個人事業者時代よりも手取りが減ることもありえます。

消費税メリットは期間限定

売上に課税される消費税の課税関係については、法人・個人事業者で違いはありません。
ただし、資本金1千万円未満の新設法人は設立初年度は消費税の納税義務を免除されます。
条件次第では設立の翌事業年度も納税義務を免除されますので、最長2事業年度は消費税の申告・納税を免除してもらえますが、それ以上のメリットはありません。

株式会社でなければだめですか?

旧会社法(商法旧第2編「会社」)のもとでは、株式会社が1,000万円、有限会社が300万円の最低資本金の維持が法的に義務付けられていました。それが今では1円でもOKになっています。
有限会社制度は現行会社法の施行によって廃止されました。旧会社法時代に設立された有限会社は、いまでも「有限会社」を名乗ることができますが、会社法上は株式会社として取り扱われ、株式会社に関する規定が適用されます。
もっとも、現行法の下で設立された株式会社と全く同列には扱えない部分については、「有限会社、株式会社の監査等に関する特例に関する法律」という特例法によって、従前の有限会社の取扱いを受けられるようになっています。

一方、旧会社法時代から存在していた合名会社、合資会社は、そのまま現行会社法でも設立可能です。
また、新たに「合同会社」という形態の会社も設立できるようになりました。
ということで、現行法のもとで「会社」といえば、株式会社、合名会社、合資会社、合同会社の4つを意味します(会社法2条1項)。
そして、合名・合資・合同の3会社をまとめて「持分会社」といいます(会社法575条1項)。
株式会社以外にもチョイスがあるってご存知でした?

株式会社と持分会社

株式会社への出資者は「株主」と呼ばれますが、持分会社では出資者のことを「社員」といいます。
一般的には、会社で働ている人のことを社員といいますが、これに相当する法律上の用語は「使用人」とか「従業者」です。

株式会社では、出資者(すなわち会社の所有者)である「株主」と、会社を経営する「取締役」は分離された別個の存在です。
取締役が株式会社の株主である必要はないのです(そのように定款で規制できる場合もあります。会社法331条2項)。
株式会社がひとり会社であることは、ひとりしかいない株主が取締役になった(あるいは取締役が唯一の株主になった)という結果にすぎません。

これに対して持分会社では、会社の経営(業務執行)は社員が行うことになっており(会社法590条)、当初から会社の所有者が自ら会社を経営することを前提としています。
また、社員の「持分」(株式会社における株式に相当)を誰かに譲渡するには、他の社員全員の承諾を要する(会社法585条)など、社員同士の強い結束を求めています。
さらに、持分会社には、株式会社の株主総会、取締役などのような「会社の機関」が存在しない分、法定の社内手続きが簡素になります。

持分会社のほうが、ひとり会社や仲間との共同会社に向いている気がしませんか?
以下、各持分会社の特徴をご紹介します。

合名会社

社員全てが無限責任社員からなる会社です。
これは、すべての社員が自己の出資額を超えて(私財を処分して)でも、会社の債務を債権者に弁済する責任を負うということです。
ひとり会社の場合、個人事業者の場合とほとんど一緒なので不安ですね。
お金持ちを社員に加えることで会社全体の支払い能力を強化できますが、弁済は社員全員の連帯責任ですから、弁済してもらった社員は、弁済してくれた社員に借りを作ることになります。その分は、ちゃんと社員間で求償・補償する必要があります。
社員間の信頼関係なしには成立しない会社形態といえます。

合資会社

無限責任社員と有限責任社員からなる会社です。
最低でも無限責任者社員1名、有限責任社員1名が必要ですから、ひとり会社には使えません。
才能はあるけどお金がない人(有限責任社員)とお金持ち(しかも経営に口出ししない無限責任社員)のコンビなら実質的ひとり会社も可能かもしれませんが、そんなうまい話はないでしょうね。

合同会社

会社法で新たに導入された会社形態で、社員全てが有限責任社員からなる会社です。
その意味では、外部者からみて株式会社との違いは少ないといえますが、内部的な機関設計は簡素なものですみます。
これは、内部手続きに事務・法務コストがかかる大会社にとって魅力的なようで、株式会社として設立された後に合同会社に組織変更する大会社もあるくらいです。
社員一人でも設立できますので、ひとり会社から大企業まで規模を問わず使えます。

導入当初は「日本版LLC(Limited Liability Company)」と呼ばれることが多かったのですが、本家アメリカのLLCのような構成員課税(会社をスルーして各社員が持分に応じて会社の所得に対する課税を受ける制度)は日本では受けられません。

外国会社という選択肢はありか?

もっと使い勝手のよい会社法制のある国で会社を設立し、その支店として日本でビジネスをできないか?というお問い合わせをいただくことがあります。
それも可能です。が、日本でビジネスをする以上は日本の法律と無関係というわけにはいきません。
まずは、日本で商業登記(外国法人の支店登記)が必要ですし、日本でその外国法人を代表する人(一般には会社の使用人、従業者)を定める必要があります。
日本支店を通じて行った事業の所得には、日本の会社と同様に法人税・地方税が課税されますので、税務申告も必要です。

しかし、日本でのみ事業を行う予定で外国法人を設立するなら、やめておいた方が無難です。
そのような外国会社の存在を認めてしまうと会社法の潜脱につながるため、会社法821条1項が「日本において取引を継続してすることができない」と規定しています。
ちなみに、これに違反して取引した者は、外国会社と連帯して債務を負う(会社法821条2項)ことになっていますから、日本支店の代表者は取引先に対して個人的に責任を負う覚悟を持たねばなりません。
そこまで覚悟するなら、素直に日本の会社として設立したほうがいいと思います。

***

個人事業者として起業するか、会社を設立するか、は課税上の有利不利だけでは決めらません。
従業者を雇い入れる、外部から出資者・取締役を受け入れる、金融機関から融資を受ける、など会社の利害関係者が増えて、もはや「ひとり会社」といえなくなる状態になる可能性があるかどうかがポイントだと思うのです。

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