久しぶりのブックレヴューです。
歴史上の出来事に関連付けて現代の企業会計の遍歴が学べます。
「会計の世界史」というよりは「世界史と会計」です。
世界史が好きなビジネスマンだけでなく、会計学を学ぶ学生さんにおすすめです。
著者は会計事務所を経営する傍ら大学でも教鞭をとってらっしゃる公認会計士さんです。
本書のようにいろいろなトリビアと絡めながら教えてもらうと「なぜ、こんなものができたのか?」という趣旨がよく理解できます。
こういう先生に直接教えてもらえる学生さんは本当に恵まれていると思います。
400ページを超える堂々たる装本ですが、平易な文体も手伝って楽しく軽快に読めました。
参考文献のリファレンスもしっかりしており、単なる「会計エンターテインメント」だけで終わらず、その気になれば学究の道標にもなりうる一冊です。
Table of Contents
「簿記」は英語で”bookkeeping”といいます。
もともとは西洋から日本に入ってきたものですから、外国語の訳語が「簿記」だというべきでしょう。
ブックという発音に近い「ぼき」と当て字「簿記」を考えたのは福沢諭吉です。
簿記の起源がイタリアのベネチアにあり、「考案者」がルカ・パチョーリという人です。
ここまではヤマグチも知っていました。
が、どのような人物だったか、しかも、レオナルド・ダ・ビンチとかかわりがあったとは本書で初めて知りませんでした。
パチョーリは正しくは「考案者」ではなく、ベネチア・フィレンツェの商人がすでに用いていた簿記の技術を「まとめて整理した」数学者で、「簿記の父」と呼ばれているそうです(p76)。
簿記は、企業活動の「原因」と「結果」を記録する技術として現代では当然のように受け止められていますが、当時(1459年)の複式簿記は画期的な発明だったのでしょう。
単式簿記(いわゆる大福帳)を使っていた日本に複式簿記がもたらされたのは、福沢諭吉が「帳合之法」として紹介した1873年(明治6年)のことですから、4世紀もあとのことです。
簿記が必要になったのは、商業が大きく発展してきたことに伴って、取引上トラブルが増えてきたからだそうです。
きちんと記録を残しておけば、それが証拠となってトラブルの早期解決に役立つという利点を商人が最大限に評価したことが複式簿記の普及と後押ししたのでしょう。
本書の第一部「簿記と会社の誕生」では、そんな中世ヨーロッパの歴史に沿った会計の萌芽期が生き生きと描写されています。
ちなみに、先日「ブラタモリ」(放送日:2018年10月20日(土)#116 有田市)を見ていたら、VOC(オランダ東インド会社)のロゴが入った古い有田焼が紹介されていました。
本書第一部にもVOCが登場します。会計とVOCの関係も実に面白く紹介されています。
第二部「財務会計の歴史」の舞台は産業革命期以降の近代を中心に現代にまでつながります。
簿記(bookkeeping)をもとに会計(accounting)という概念が生まれた時代です。
「蒸気機関車」「蒸気船」「自動車」の三つの発明が人々の生活や商業にもたらした変革を軸に、会計の役割がステークホルダー(債権者・株主など会社の利害関係者)への報告責任(accountability)にシフトしていった歴史的背景を紹介しています。
鉄道事業と「減価償却」、蒸気船がもたらしたアメリカへの移民・イギリスからの投資と「会計監査」、自動車の開発と「資本」調達などのトピックが並びます。
株式公開によって多数のステークホルダーを抱えることになったパブリックカンパニーの登場は、「財務会計」という新たな会計のジャンルをもたらしました。
この時代に築かれた財務会計は今日おける企業内容の開示(ディスクロージャー)の基礎になっています。
その立役者がJFK(ジョン・フィッツジェラルド・ケネディ。第35代米国大統領)のお父さんとは知りませんでした。
しかも、このお父さん、なかなかの曲者だったようで、ケネディ家=エスタブリッシュメントという印象がみごとにぶっ壊れました。
第45代大統領はご本人が曲者ですが、最近の「脱税」騒動によれば、そのお父さんもやはり曲者みたいです。
第三部ではまず、財務会計がステークホルダーという外部者向けの会計であるのに対して、管理会計は内部者向けの会計であることをわかりやすく解説しています。
なかでも正鵠を得ているのは次の一節です。
この「守りの会計=財務会計」は信号機にたとえるなら赤色のレッド・アカウンティングです。やるべきことをやらないと赤信号が点灯する義務の会計です。
一方で「攻めの会計=管理会計」は青色のブルー・アカウンティング、自由に設計していい会計です。(p326)
「攻めの会計」まで意識されている中小企業の経営者はまだ少数派です。
中小企業の振興策とか事業承継が話題になっていますが、「攻めの会計」で中小企業を強靭化するという発想はいまいちウケません。
15世紀にイタリアの商人の間で簿記が普及したのは、彼らが「自分を守る道具」としての利点に気づいたからです。
「攻め道具」としての会計の利点をもっとアピールしないと、管理会計を取り入れる企業は増えないということですね。
このほか、第三部では「連結会計」や「時価」「企業価値」といった重要なコンセプトも紹介されています。
なかでも、オノ・ヨーコとポール・マッカートニーを引き合いにした「コストかリターンか?」の論争にマイケル・ジャクソンが乱入してくるあたりは実にうまい例えです。
最近、大型買収をする日本企業が増えています。
企業買収の成否は、突き詰めていくと、どこまでリターンを正確に予測できるかにかかっています。
未来予想に絶対的な正解はありえませんが、少なくともコストベースでのM&Aが妥当するのは極めて特殊な事案に限られると考えてよいでしょう。
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会計の世界史
田中靖浩〔著〕
日本経済新聞出版社(2018年9月)
ISBN:978-4-532-32203-8
2,200円(税別)