企業が危機に直面するときこそ、経営者は冷静に状況を判断して行動しなければなりません。
ときには、冷徹な決定を迫られることもあるでしょう。そんな判断の支えとなるのは「数字」です。
数字が全てとはいいません。が、会社をつぶしたくなければ日頃から会社の現状を計数で把握する習慣を身に付けるべきです。
それがなぜ「まさかの危機に対するディフェンス力」になるのか、本書を読めばよく分かります。
Table of Contents
経営戦略といえば、マーチャンダイジング、ブランディング、マーケティングなど横文字連発のビジネス書やコンサルタントが流行りですが、それらはどちらかといえば「戦術」に関するものです。
「戦略」はもっと大局的・長期的な視点で考えるもので、企業組織の作り方・経営資源の効率的な運営を中心に策定されます。
「経営経理戦略」とは聞きなれない言葉ですが、私なりの解釈では、企業組織の中での経理の立ち位置、経理から出てくる計数をどういうふうに経営に活用していくかの思想だと考えています。
例えば、経理の機能を単なるブックキーパー(会計処理係)で充分と考えるか、コントローラー(計数管理の拠点)とまで考えるのかは、「経営経理戦略」の違いといえます。
大企業の場合は、経理と経営陣の間に距離があるので、こうした戦略を欠くと計数が経営に生かされないままになってしまいます。
その距離を埋めるため「経営企画部」などという部門を設けて、必要となる計数を経理にオーダーして経営陣に報告させている会社も見受けられますが、こうした会社の「経営経理戦略」では、経理部の位置づけは単なるブックキーパーどまりなのでしょう。
逆に経理部の中に管理会計担当を置き、経営陣に直接必要な計数を提供できる体制を整えている会社は経理部をコントローラーとみているはずです。
私がかつて勤務していた日本企業はどちらかといえば前者寄り、外資系企業は完全に後者でした。
中小企業の場合は、経営者自身がコントローラーの役割を果たしていることがあります。
私の経験では、そのような企業は資金繰りも安定しており、税務について関心も高く、何か対応しなければならない場面に遭遇しても判断が早いです。
そして、具体的な数字を示しながら相談してくれるので、税理士としても対処しやすい「優良顧客」でもあります。
本書では「計数感覚が整っていれば会社は潰れない」(p21~)といっていますが、これは正鵠を射ています。
計数感覚があれば、会社に危機が訪れる兆候を事前に察知できますし、事態が深刻化する前に手を打つのが自然なので、結果的に潰れないのです。
そうはいっても経営者の能力には限界がありますから、経営者全員に計数感覚を持つことは期待できません。
しかし、自分に計数感覚がなくとも「経営経理戦略」の必要性を理解できる経営者であれば、会社を潰すことはないでしょう。
どういう戦略をとればよいかは第5章「カッコいい経営戦略よりも、まずは負けない経理戦略」に具体的に書いてあります。
この章のタイトル、痺れるほどに共感します。
とても厳しいようですが、「情が計数感覚を鈍らせる」(p22)という一文には100%同感です。
計数感覚がある経営者でさえも情にほだされて判断が鈍る、判断を誤ることがあるのですから、計数感覚がない人は余計に危険です。
危機的状況に直面すると、人はみな不安になりますから、何かしないではいられませんが、正しい行動をとれるとは限りません。
特段根拠もなくただ直情的に判断するのは避けたいところです。
不安に対処する最善策は事実を知ることから始まります。
自分の会社が潰れるかもしれないという不安を感じるときには、まず会社の現状を客観的に数値化してみましょう。
コントローラーがいなくても日頃からきちんとタイムリーに経理処理をしている会社ならそう時間はかからないはずです。
残高試算表をみれば現時点での財産状態がすぐわかります。
これまでの毎月の収支を振り返ってみてみれば、今後どれだけ資金が必要かも予想できます。
それを賄うだけの売上がなければ、手元資金でどのくらい持ちこたえられるかも検討がつきます。
しかし、ブックキーパーさえいない会社だとそう簡単にはいきません。
非日常的な仕事に追われる有事では、日頃できてないことをまとめて片付けることなど不可能です。
経理処理が滞っている会社が、自社の財産状態を把握するには時間がかかります。
客観的事実がわからないままいたずらに時間が過ぎると不安も増し、情が惑わされる隙も生じます。
全く情を欠く経営はつまらないと思いますが、経営者は必要なときには非情にならなければなりません。
そんなときに「こうするしかない!」と思えるような根拠がもてなければ、情に流されます。
その根拠が計数化されたものであれば、自分だけでなく情に訴えてくる人を説得する材料にもなるはずです。
有事の際に経理がどう動くべきは「平時と有事の経理の仕事」(p90)に具体的に書かれています。
そうした事態も想定して経営経理戦略を立てている会社はちょっとやそっとでは潰れません。
税理士との付き合い方についても良い事こと書いてます。
税理士の先生に関しては、わからないことや聞きたいことがあったら、受け身ではなくて、自分達から連絡するのが一般的です。普通の税理士事務所であれば、すぐに返事がいただけるはずです。(p68)
私は「忙しくて連絡できなかった」は経営者・税理士双方にとって禁句だと思ってます。
忙しくても仕事である以上後回しにしてはなりません。
少なくとも「ちょっと一言」くらいの情報交換はしましょう。
コントローラーがない会社は税理士をその代わりとして活用するのも一案と思います。
経理担当者と税理士の関係についても。
税理士と経理は本来なら協力、協調して経営者を支える役割であると私は思います。(p75)
私もそう思います。
「税理士にこんなこと頼んだら社長に怒られそう」とか「余計な費用がかかりそう」と躊躇せず、困ったときはとりあえずでも相談して欲しいです。
どうするかはそのあと一緒に考えます。
基本的に税理士は黒子ですから、表舞台には経理担当者に立っていただきますが、必要とあらば、計数感覚がない経営者を説得するお手伝いもします。
ともかく、受け身ではなく、積極的に税理士に問いかけていただきたいです。
私からも積極的にコンタクトいたします。
計数感覚は有事を乗り切るためだけでなく、平時にも有用です。
内部的問題を抱える会社は平時でも潰れる可能性があります。
その兆候を早めにとらえるにも、その問題に対処するにも、計数をもとにした経営が役立ちます。
第10章「潰れない会社は、組織を経理的視座から見ている」を読むと、これまで「雰囲気」的なものとしか評価してこなかった事情も、数字を通して読み取ることも可能だと気付かされます。
それに気が付くかどうかは計数感覚の感度によりますが、まずはそうした「経理的視座」を持つことが大事です。
先述の日系企業に多い「経営企画部」がうまく機能するかも、この「経理的視座」で組織全体をみることができる課員がそこに配置されているかどうかにかかっていると思います。
これは私の個人的な印象なのですが、「経営企画部」には経営陣に寄りすぎて「経営者的視座」しか持ち合わせていない人が多いように思います。
私は本書を読むまで「経理的視座」というもの意識したことはありませんが、確かに優秀な方(経営企画部に限らず)は「経理的視座」をもっていました。
この「経理的視座」が起業する際にも有用であることは、第11章「経理的視座をスタートアップに活かす」に説かれています。
企業経営は、換言すればリスクを想定しながら利益を追求することともいえます。
リスクも利益も客観的な数値を通して評価測定されます。その数値を作るにも読み取るにも計数感覚が必要です。
計数感覚が足りなければ、足りないなりの対策が必要です。
「起業したら、外注でや副業でもいいから経理担当をまず雇おう」(p245)、「CFOが簿記を知っているかどうかで管理体制を調整する」(p248)は実に的確なアドバイスです。
***
本書を執筆された前田康二郎さんは、2年ほど前にブログでご紹介した「AI経理 良い合理化 最悪の自動化」の著者でもあります。
本書も「AI経理…」も税理士や経理職にある人にとっては「あるある」的な事例紹介が盛りだくさんで、読み進めるたびに「そうそう!そうなんだよねー!」の連続です。
つぶれない会社のリアルな経営経理戦略
前田康二郎〔著〕
クロスメディア・パブリッシング(2020年7月)
ISBN:978-4-295-40430-9
1,400円(税別)