著者は早大ビジネススクールで教鞭をとる公認会計士の方です。
この本はタイトルのとおり「会計思考」に焦点をあてたものであり、一般的な「会計理論」の解説本ではありません。
これは経営者や企業幹部を育成するビジネススクールでの講義スタイルを踏襲した構成によるものです。
ビジネススクールでは経理(数字をどう作るか)ではなく、経営分析(数字をどう読むか)の観点から会計を教えます。
この観点は経営者だけでなく経営者に数字を提供する経理担当者にも必要と考えます。
読み手の視点を意識できる経理は優秀です。
その意味で、本書は経営者と経理担当者の両方におススメします。
なお、必要に応じて「会計理論」についても触れていますから、会計知識がほとんどない方にとっても読みやすいと思います。
Table of Contents
全10章からなる本書は、各章ごとに実在する企業を取り上げ、その財務数値を使って会計思考のキーワードを解説していきます。
とりあげられたキーワードと企業は以下のとおりです。
第1章 「ROE」 → カルビー
第2章 「レバレッジ」 → ソフトバンクグループ
第3章 「リスク」 → 任天堂
第4章 「成長」→ ヤオコー
第5章 「良いものをより安く」→ ニトリホールディングス
第6章 「コスト」→ 信越化学工業
第7章 「もったいない」→ ファーストリテイリング
第8章 「キャッシュフロー」→ 日立製作所
第9章 「M&Aとシナジー」→ セブン&アイ・ホールディングス
第10章 「お客様は神様です」→ トヨタ自動車
ケーススタディの良し悪しは、いかに好例を見つけられるかにかかっています。
その点で本書における事例選定は俊逸だと思います。さすが早大の教授です。
私個人的には第3章「リスク」がすごくためになりました。
特に「リスクとは『ブレ』『わからない』こと」(「常識20」p77)は言い得て妙です。
本書は二色刷りで決してカラフルではないもののビジュアル的に工夫されていて、読み手を退屈させません。
おそらく著者が日頃の講義で板書されたり、レジュメに入れていると思われる図解が要所要所に挿入されており、これが大変わかりやすいです。
複雑な物事のツボを伝えるには視覚に訴えかけるのが有効とわかっていても、なかなか上手くできないヤマグチにはとても勉強になります。
特に第9章「キャッシュフロー」で使われてるフリーキャッシュフローの計算方法の図解(図表8-2 p184)は素晴らしくわかりやすいです。
ここから先は私の昔話しのようなものです。
私はかつて外資系金融機関に勤めておりました。
いわゆる「投資銀行」と呼ばれる証券会社です。
そこにはアメリカの名門ビジネススクールでMBA(経営管理修士号)を取得した若手社員がゴロゴロいました(ちょっと失礼な表現ですみません)。
そのような優秀な方々に税金や会計のことを説明することがけっこうあったのですが、ほとんどの方は会計を専門に学んだことがなさそうなのに、こちらの説明を聞いて要点をすぐ理解できるのでとても感心していました。
おそらくは、本書で取り上げているような「会計思考」をビジネススクールで学んでいたのでしょう。
私は税理士試験をきっかけに「会計理論」を基礎から学びましたが、先に「会計思考」を身に着けていればもっと楽しく勉強できたかもしれません。
「理論」というものは時代とともに新しいものが登場し、古いものは廃れていきます。
一方、「思考」はもっと普遍的な原理原則のようなものに思います。
試験勉強だけでなく実務においても原理原則は大切なのですが、どうしても目の前の課題を解くため道具である「理論」に頼りがちです。
私にとっては仕事への取り組み方についても考えさせられる一冊でした。
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ビジネススクールで教えている
会計思考 77の常識
西山茂〔著〕
日経BP社(2018年6月)
ISBN:978-4-8222-5565-7
1,800円(税別)