Takashi Yamaguchi, English Speaking Japanese Tax Accountant

伝わるしくみ

今回ご紹介する本は会計・税務とは関係ありません。
お客さまとのコミニュケーション能力を高めたいと思っている頃に出会った一冊です。
自分の考えを他人にうまく伝えるには、伝えようとするだけでなく「伝わるしくみ」を意識する必要があります。
このことはあらゆる職業・状況に共通する普遍的なテーマだと思うのです。

コミニュケーションはそもそも難しい

著者は大学で教鞭もとられているコピーライターの方です。
「人とのコミュニケーションが、あまり得意じゃない。」などとご謙遜にしか思えないことを書かれていますが「…理由は、コミュニケーションは面倒くさいから。それと想像以上に厄介だから。」というくだりは、コミニュケーションを生業とする方ならでは本音であるように感じます。
生業とまでいかなくても、人間だれしも社会の中で生きていくうえで他人とのコミュニケーションは必要です。
なかでも、仕事にかかわるコミニュケーションは、面倒でも、厄介でも避けて通るわけにはいきません。
ここは、本書が諭すように
面倒くさいことが前提だから論点を明確に。やるべきことをシンプルに。」と割り切ってしまったほうが得策でしょう。

しかしながら著者は「シンプルはイージーとは限らないですぜ。」ともいっています。
まったく同感です。
特に、専門的なことをシンプルに伝えるのは、それだけで立派な仕事になります。

税理士は顧客のために専門知識を活用してサービスを提供しますが、その過程で顧客とコミュニケーションを十分にとれているかどうかもサービスの質のうちだと私は思います。
しかし、言うは易く行うは難し。
忙しいお客様に、シンプルに用件を伝えるには準備が必要です。
場合によっては、請け負った仕事に費やすよりも、説明に時間がかかることがあります。
その手間を端折ってしまうと、せっかく仕事を完璧にこなしても、お客様は満足してくれないかもしれません。
なぜなら、税理士が完璧な仕事をするのは顧客にとっては当然の前提であり、完璧な仕事をするために税理士がいかに苦労したかは「どうでもいいこと」だからです。
顧客の関心事は、自分が依頼した仕事がミスなく終わったかどうかに尽きるということです。
専門家でない顧客に、専門的なことを、顧客が理解できるように、シンプルに伝えるのは、「イージー」ではありません。

伝わらないことには原因がある

では、どうすれば、伝わるのでしょうか。
そういうときは、伝える方法を考えるよりも、まずは「伝わらない原因」を特定するほうが実践的でしょう。
著者は伝わらないのは運が悪いのでも、受け手との相性が悪いのでもなく、そこには(確かにそれじゃ伝わらないわ)という原因があります。」と分析し、以下の四つを原因として挙げています。

  1. 受け手という存在を認識・理解していない
    まず、「伝わるかどうかはすべて受け手が決めることなので、受け手の価値観や尺度に則って伝えなければならない。」といっています。これこそが、面倒くさくて厄介なとことです。
    昔勤めていた外資系金融機関で「パーセプション・ギャップ (perception gap)」という言葉が流行ったことがあります。
    日本語でいうと「認識の隔たり」といった感じで、これこそが、送り手と受け手の価値観・尺度のギャップを意味する言葉です。
    コミニュケーションがうまくいかなかったときに、「先方との間にパーセプション・ギャップがあったため…」というのが典型的用法でしたが、そのギャップをどう埋めるかという議論はあまり聞いたことがありませんでした。
    しかし、そのような議論はそもそも不要だから、聞いたことがなかったのかもしれません。
    ギャップを埋めようとするよりも、ギャップの存在を認めて、受け手に合わせたコミニュケーションを考えたほうが上手くいくと思います。
    本書を読んで、そう思うようになりました。

  2. 想像や発想のための知的経験値「脳内データベース」が乏しい
    次に、「知っていることの範囲でしか想像もできない」「面白くない。ゆえに伝わらない。」といいます。
    これは自分のことを言われているようでホント耳が痛いです。
    私の場合、知識を広めても、想像力が増すとも、面白くなるとも、伝わるとも限らないのではないかと不安になりますが、まずは、自分の固定観念を疑うところから始めます。

  3. 受け手との「共有エリア」に立っていない
    受け手を理解しがたい存在としか捉えていないので、受け手に対する想像力は根拠を伴わない当てずっぽうのようなもの。
    これも思い当たることが多々あります。
    「どうせ分かってもらえないだろうけど、一応説明はしときました」的な「逃げ」のコミニュケーションです。
    サラリーマン時代に、この手の報告を受けることがありましたし、時間がない、パーセプション・ギャップが大きすぎるときに、自分がそうなったこともあります。
    逆にいうと、ここに立てれば、大抵のコミニュケーションはうまくいくように思います。
    これもイージーではありませんが。

  4. 言葉は思いのほか大変だ
    言葉の持っている基本的な性質や難しさを理解しないで自分の思うままに伝わると思っているので、誤用・濫用にも気が付かない。」
    自分では気を付けているつもりだったんですけど、本書を読み進めるうちに、だんだん自信がなくなってきました。
    若い世代(自分の娘たち)の日本語の乱れに眉をひそめるなど、おこがましいです。

アウトプットの良し悪しは受け手が決める

では、本書が掲げる四つの原因を解消するために、具体的になにをすべきか。
私なりの解釈で著者のアドバイスを要約すると、最も重要なことは「受け手に合わせて言葉(アウトプット)を選ぶ」ということです。
受け手が何を知りたいか、何を聞ければ満足するかを想像すると、受け手に伝わる言葉が浮かんでくるようです。
単なる押し付けは評価の対象にすらならない(誰も目をくれない)との自戒しました。

アウトプットを良くするには良いインプットが必要

経験者のアドバイスが金言といわれるゆえんは、経験に裏付けられた良質のインプットがあるからです。
『脳内データベース』が貧弱だと、どう考えても発想も貧弱なものにしかなりえない。脳内データベースの拡充には『経験』を蓄え続けるしかないのである。」だそうです。
なんだか難しそうですが、何気ない日常の経験を無駄にせず「そこからさらに考える」ことで「脳内経験」を蓄積できるようです。
より具体的には、「
発見する→『疑問をもつ』→『感想や意見を持つ』→『疑問を持つ』→…というような『考える』プロセスを持ち、それを連続させる」ことによって、脳内データベースが豊かになるそうです。
著者が高校生時代に実践した「別人格ごっこ」はおもしろい発想です。
私もやってみます。

受け手は「ベネフィット」を感じなければ動かない

人は実利のみによって動くものではないと思いたいところですが、少なくともビジネスの場面で「ベネフィット」がモチベーションであることは間違いありません。
もっとも、何がその人にとって「ベネフィット」かは状況次第で変わります。
著者は脳内経験を活かしてモノ・ヒト・コトを見る複数の視点」を持てと説きます。
受け手につながる「アングル」と「ツリー」を見つけられると、受け手が何を知りたいか、何を聞ければ満足するか(受け手にとっての「ベネフィット」)を想像できる、すなわち受け手との「共有エリア」に立てる、とのことです。
「アングル」と「ツリー」の具体例と解説(p131-143)こそが、手寧な準備に裏付けられた「シンプル」な説明の見本のようなものです。
「シンプル」は必ずしも「短い」・「イージー」なものではないことがわかります。

言葉は「約束」である

著者は「言葉は『約束』である」といいます。
これ、シンプルだけど「伝わる」メッセージですね。
「約束」から逃れるために「曖昧」な表現を使うと伝わらなくなる、ということです。
国会での議員や参考人の答弁によく見られる「玉虫色」の発言が好例です。
「伝わる」ようにするには、その逆を心がければよいのです。
ただし、これも「イージー」ではありません。
自分の言葉にコミットするには勇気を必要とすることもありますから。

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伝わるしくみ
山本高史〔著〕
マガジンハウス(2018年9月)
ISBN:978-4-8387-2992-0
1,300円(税別)

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