Takashi Yamaguchi, English Speaking Japanese Tax Accountant

「経理」の本分

ひさしぶりのブックレヴューです。
今回は、公認会計士・武田雄治さんの「『経理』の本分」です。
上場企業の経理部員の方を対象に書かれたそうですが、帯にあるように「スキルをとやかく言う前」に読める内容になっており、経理から報告を受ける立場の経営者の方にもおすすめです。
大企業だけでなく中小企業の経理にも通用する「本分」が学べる良書です。

「真の経理部」とは何か

経理に詳しくない方に「経理部」の印象を聞けば、「経費精算をするところ」、「お金の管理をするところ」、「伝票がいっぱい集まるところ」、「決算をするところ」といった答えが一般的ではないかと思います。私も大学を出て会社で経理部に配属になるまで、そういう印象を持っていました。
間違った答えではありませんが、それは経理部の仕事の一部にすぎません。
第1章では本書のタイトルである「経理部の本分」を主題に、「経理部とは何をする部署なのか」を定義した上で、以下のように説きます。

経理部は倉庫業のように情報をストックするだけでとどまってはならないし、製造業のように価値ある情報を作り上げるだけにとどまってはならない。経理部は、各利害関係者に対して、期待を超えるサービスを提供するサービス業へ進化させなければならない。(p6)

一般的な経理部の印象は「情報をストック」するところであり、ちょっと知っている方の認識でも決算書や経営計画資料などの「情報を作り上げる」というところまででしょう。
しかし、それだけでは経理部の「本分」を理解しているとは言い難いということです。
一般的な認識を超えて、利害関係者に(しかもその期待を超えるレベルの)サービスを提供できてこそ「経理部の本分」だと筆者はいいます。
「利害関係者」とは、会社の株主(会社への出資者)、債権者(取引先や会社に融資をしている金融機関など)のことです。
「経理部の利害関係者」という意味では、経理部が作った情報を利用する役員・従業員も加えてよいと思います。
経理部は、こういった利害関係者の存在を意識しなければ「サービス業」にもなれないし、何を期待しているかを理解しなければ「期待を超えるサービス」を提供することもできません。

「うちの経理部はそんな風に期待なんかされてないよ…」「日々の会計処理や決算業務だけで手いっぱいで『サービス』なんかできないよ…」という声が聞こえてきそうです。
実際、私も経理部にいたときはそのように思っていました。
これは私の経験からの私見ですが、経理部員がそう思う会社では、利害関係者がそのように思っていることが多いのではないかと思うのです。
「経理の本分」を理解しない社長や役員は、そもそも経理部に期待しませんから経理部に対する予算も人員もケチります。
よくも悪くも会社は「上」次第です。経理部長や経理部員がいくら志を高くしようとも、「上」が認めてくれなければ、本分の遂げようにも「過剰サービス」としか思われません。

経理部が何をする部署で、何を目指すべきかを「上」に説明するのはなかなか難しいことですが、本書の第1章は多いに参考になると思います。「上」の方に直接読んでもらっても良いかもしれません。

経理部の6つの業務

第2章「経理部の仕組み」ではより具体的に「経理部とは何をする部署なのか」が解説されています。
私はあるクライアント様の参考になる本がないかと探していて本書に巡り合いました。
「経理」の本というと、いきなり会計理論や特定の事象ごとの各論的なものが多いのですが、本書のように組織的な観点から「経理部の仕組み」を総論的に説く本はめずらしく、貴重です。

本書では、経理部の業務フローを「インプット」(情報の入手)→「スループット」(情報の加工・変換)→「アウトプット」(情報の提供・報告)という大きな3つに区切り(p19)、そのうちのスループットを以下の6ステップに細分します(p25~)。

  1. インプット業務
    エビデンスをもとに仕訳

  2. チェック業務
    インプットが適正・妥当かを検証し、統制する(第三者の関与が必要)

  3. 管理業務
    財産保全(いわゆる「金庫番」)

  4. アウトプット業務
    決算業務

  5. 分析業務
    開示業務のため

  6. 開示業務
    利害関係者の求めに応じて情報を提供・報告
    有価証券報告書・決算短信などの「最終成果物」の提供・報告

1.から3.までが日常業務、4.から6.が決算業務にあたるとされています。
利害関係者と直接の接点を持つのは6番目の「開示業務」ですが、その他の業務も間接的に利害関係者とかかわりをもっているといえます。
特に、会計監査、税務調査、監督官庁による検査など、場合によっては1.から5.の業務担当者が監査人、調査官などと直接対応することもあります。その意味ではどの経理業務も利害関係者を意識する必要があると思います。
大企業の経理部は担当業務ごとに「課」や「チーム」に分かれていることが多いのですが、すべての「課」「チーム」が利害関係者を意識して仕事をしているケースは少ないと思います。組織が大きくなると、どうしても自分の仕事をつつがなく回し続けることを優先しがちで(自分の次の業務フロー担当者が最大の「利害関係者」になっている)、最終的な利害関係者の存在が遠くなってしまいます。

経理部員は何をすべきか(日常業務)

では、経理部が「サービス業」に進化するには、担当者は何をすべきでしょうか?
そのヒントは、第3章「経理部の日常業務とは-日常的に経理部員は何をすべきか」にたくさん書かれています。
各業務ごとに「これ!これ!」と思ったフレーズをご紹介します。
詳しくは実際に本書を手に取ってご覧いただきたいです。

  1. インプット業務
    エビデンスの入手。どのような事情であっても、経理部はできるだけタイムリーに「事象」が発生した情報を入手するような「経路」を作る必要がある。(p31)
    「事象」と「仕訳」は「一対一」でなければならない。「1つの事象」について「1つの仕訳」を入力することが原則である(p32)
    エビデンスが存在しないのに仕訳を入力するようなことは、絶対にしてはならない。(p33)

  2. チェック業務
    「アサーション」を意思する。 (p38~)
    実在性(本当にあるのか、架空取引されているものはないか)
    網羅性(すべて記録されているか、簿外処理されているものはないか)
    権利と義務の帰属(会社のものか)
    評価の妥当性(適切な価額か)
    期間配分の適切性(正しい期間に計上されているか)
    表示の妥当性(きちんと開示されているか)

  3. 管理業務
    財産保全(いわゆる「金庫番」)
    明細作成ではなく、実態を把握する(チェック業務の積み重ねが「ストック」になる)
    期中のフロー(入と出)も管理することにより、ストック情報の精度は高まる。 (p44)
    経営者やフロントオフィスにフィードバックする。 (p45)

  4. アウトプット業務(決算業務)
    日常業務担当者も決算を意識して業務を実施する。(p50)
    日常業務担当者と決算業務担当者が「分担」されているのはよいが、「分断」されているのはよくない

経理部員は何をすべきか(決算業務)

本書で最もページを割いているのが第4章「経理部の決算業務とは-ディスクロージャーのために経理部員は何をすべきか」です。
大企業の経理部が提供する最終成果物は有価証券報告書・決算短信などのディスクロージャー資料ですが、中小企業も会社法に準拠した計算書類(貸借対照表、損益計算書など。いわゆる「決算書」)と付属明細書を作成しなければなりません。
これら最終成果物は提供できて「当たり前」のものです。
経理部の本分たる「各利害関係者に対して、期待を超えるサービス」を提供するには、形ばかりの「当たり前」では足りないのですが、成果物を形にするのが精いっぱいで、その中身(ディスクロージャー)の質を高めることまで考えられない経理部が多いようです。

もっとも、「期待を超える」とか「質を高める」といわれても、具体的に何をすればよいかは分かりにくいこともあろうかと思います。
「期待を超える」は利害関係者の期待の高さに影響されるので、一概にどうすれば良いとは言えませんが、いろんな切り口で、しかもスピーディーに数字を開示できるようになれば質の向上につながるのではないかというのが、本書を読み終えた私なりの解釈です。
そのためには、ニーズに応じて異なる切り口でアウトプットができるようデータをインプットする(日常業務)、データの分析が容易にできる構造でアウトプットをする(決算業務)、という日常業務と決算業務を貫く共通認識が必要です。
そのことを本書では繰り返し「『
縦割りではなく『横串』」というフレーズでうまく表現しています。
 
サービス業としての経理部の付加価値の源泉は分析業務にあるのは明らかですが、分析に資するデータが集まらないことにはいくら分析してもそこに価値は生まれません。
日頃から利害関係者のニーズを先読みしてインプットの段階で収集すべき情報を検討し実践する。
その積み重ねでデータが充実し高度な分析・ディスクロージャーに資するアウトプットが可能になる。
…という地道な業務の繰り返しでサービスの質を向上していくしかないように思います。
つまり、出口を意識しながら入口を作る…ということでしょうか。
というものの、めったに人が通らない小さな出口のために入口を大きくすると情報が入りすぎて日常業務が煩雑になります。
情報の受給バランスを考えて情報の収集・蓄積の規模を図るのも決算業務担当者の重要な役割だと思います。
そのときにも「『縦割り』ではなく『横串』」という発想が大いに役立つことでしょう。

経営をサポートし、企業価値を高める経理部

いくら経理部が優秀で付加価値の高いサービスを提供しても、利害関係者がそれを有効活用しなければ企業価値は高まりません。
経営者と経理部の間で意思の疎通が不十分ではPDCAサイクルもうまく回りません。
経理部による分析・提案を経営者が活用できないのであれば、活用できるまでサポートしなければなりませんし、経営者が望むような分析・提案ができていないなら、それができるまで経理部が業務を改善しなければなりません。
第5章「経理部のサポート業務とは-経営をサポートし、企業価値を高めるために経理部は何をすべきか」では、経営者と経理部の認識のズレが起こりうることをわかりやすく説明しています。
特にp126からp128にかけての解説とチャートは俊逸です。

自分が変われば会社が変わる?

本書について私が個人的に「?」と思うのは一か所だけです。
第6章「自己の価値を向上させる経理部員の心得」のサブタイトル「自分が変われば会社は変わる」‥ここ一か所だけです。
第6章の内容については100%賛同します。
特に「心得11:わかりやすく表現するプレゼン力を身に付けよ」と「心得15:属人化は『悪』である」は、一般的な経理部員に足りない能力・ありがちな態度を見事に言い当てており、それらが利害関係者からみて「経理部」を分かりにくくしていると私も常々思うことがあります。

しかし、「自分が変われば会社が変わる」かというと、その可能性は否定しませんが、普通はそうならないだろうと思うのが正直な感想です。
その意味では「心得20:おかしいと思ったことは上司に直訴せよ」と「心得26:転職・独立も考えておけ」は金言です。
自分が変わってもおかしなことが続き、それを直訴すれば「お前は分かっとらん」とか「我慢が足らん」と却下され、何も変わらない会社の体質に見切りをつけて転職した知り合いは数知れずです。
何を隠そう私もその一人です(もう四半世紀ほど昔の話ですけど…)。

***

私は経理部の上司・先輩には恵まれたのですが、社内の「利害関係者」(メインバンクからの出向者)との関係に苦労しました。
私はディスクロージャーの担当者でしたが、どうしても納得できない指示を部外から受けたので「それはできません」と出向者である担当役員に直訴したところ、なぜか私ではなく直属の上司が二人異動になりました。
私なりの「経理の本分」を貫いたつもりでしたが、その結果上司に迷惑をかけ、会社の体質も変わらず、愛想もつきたので退職しました。
その会社は私の退職から4年後に経営破綻し、そのあおりでメインバンクも破綻しました。
「経理の本分」って難しいです。

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