3月決算法人の税務申告業務が終わって一安心のみなさま、お疲れ様でした。
株式会社ならば毎年事業年度が終了するつど決算書を作成します。
それを株主総会に諮って承認をうけて決算を確定し、確定した決算にもとづき税務申告をします。
毎年この流れで作業を繰り返していると「決算書は税務申告のために必要」という感覚をお持ちになる方も多いと思います。
でも、決算書は税務申告のためだけに必要なのではありません。
むしろ、税務申告に「流用」されているといった方が正確ではないかと思われるのです。
商売人のお約束
法人成りしたばかりの個人企業から上場企業まで、株式会社は会計帳簿を作成し(会社法432条1項)、それにもとづいて計算書類(貸借対照表、損益計算書など。いわゆる「決算書」)と付属明細書を作成しなければなりません(会社法435条2項)。
持分会社(合同会社、合資会社、合名会社)も同様です(会社法615・617条)。
ただし合資会社・合名会社については損益計算書の作成が任意とされるなど決算書の内容が簡素化されています(会社法617条2項、会社計算規則71条1項1号)。
個人事業者など「商人」も商業帳簿(会計帳簿および貸借対照表)を作成しなければなりません(商法19条2項)。
つまるところ、商売をする者は、法人・個人を問わず会計帳簿と決算書の作成が法律によって義務付けられているのです。
では、会社法・商法は何のために会計帳簿・決算書の作成を義務付けているのでしょう?
たしかに決算書は経営者が自身の経営結果を振り返るのに有用です。
しかし、法律は違った目的で商人に決算書の作成を義務付けているようです。
出資者のため
まずは株主など出資者のためです。
会社のオーナーである出資者に対して、出資してもらったお金(資本)を会社がどう使って、その結果どれだけの損益(利益又は損失)を生み出したのかを報告するツールが決算書なのです。
その報告をみて、株主は株主総会で議案の賛否を表明したり、会社に見切りをつけて株式を売却したり、あるいは会社の将来性を信じて株式を買い足したりするのです。
株式会社の決算書は、定時株主総会に提出され、株主の承認を受けることで最終的に確定するのが原則です(会社法438条)。
これは会社が財政状態(資本の使い道)と損益(資本を運用した結果)を株主に報告し、その内容を株主チェックさせる建前です。
ちなみに、会計監査人(公認会計士)が監査した決算書については株主総会での承認は不要です(会社法439条)。
これは会計監査のプロである公認会計士がチェックしてOKを出した決算書にはまず間違いがないので、素人である株主によるチェックを省略しても弊害がないからです。
このため、上場会社のような「会計監査人設置会社」の株主総会では決算書は株主への「報告事項」にすぎず、株主の承認を必要とする「議案」にはなっていません。
というものの、東芝さんやオリンパスさんのようなこともありますから、会計監査人による監査が絶対的に安心とはいえないことは常識化しつつあります。
もっとも、プロですら見落とす(というよりわからないように仕組まれた)粉飾を素人が見抜けるわけはありませんから、一般株主としては打つ手なしです。
持分会社では株式会社の「株主総会」のような手続がありません。
これは、出資者と経営者が一体化している持分会社では、「株主総会」によって会社のオーナーの意向を確認しながら経営していく必要がないからです。
したがって、持分会社の経営者は決算書を作成する義務を負うものの、その内容について出資者(オーナー兼経営者)による承認を得る必要はありません。
もっとも、持分会社の社員(従業員ではなく出資者のこと)には計算書類の閲覧権(会社法618条)が認められていますから、その気になればいつでも決算書をチェックすることができます。
債権者のため
つぎに取引先や金融機関などの債権者のためです。
債権者は会社の営業時間内であればいつでも決算書の閲覧を会社に請求できます(会社法442条3項)。
会社が事業活動を続けていくと取引先から「掛け」で商品を仕入れたり、金融機関から事業資金を借り入れたりすることになるでしょう。
このように会社の信用に基づいて取引関係に入る債権者にとって、会社の支払い能力は大きな関心事となります。
決算書は、現時点での財政状態で債権回収に懸念がないか、このまま損益状況でも将来の支払い能力に問題はないかを債権者が検討する際の材料になりますから、会社法は債権者にも閲覧権を認めて取引の安全を図ろうとしているのです。
大手企業では「与信審査」という取引相手の支払い能力を審査する社内プロセスがあります。
これをクリアしなければ取引を開始できないことがよくあります。
この与信審査は新規取引先だけでなく、継続取引先についても定期的に実施されるのが普通です。
いくら、営業担当者と良好で親密な関係を築けていても、与信審査にパスしなれば取引を打ち切られることもありますから、会社はこの与信審査に協力しなければなりません。
そのため、取引先がわざわざ「閲覧権」という法的権利を行使しなくても、一言「だして!」といわれれば、自社の決算書を提出せざるを得ないのが普通です。
それなりの規模の取引先では「審査部」「信用調査部」などの専門部署で、提出した過去数年分の決算書と将来数年分の事業計画書を念入りに分析し、今後も取引を続けるにふさわしい相手かどうかを判断します。
会社法に従ってきちんとした決算書を作成していることを前提とする審査ですから、「いそがしくて昔は決算書作ってませんでした。てへへ…」では済まされません。
将来の事業計画も過去の実績も踏まえた現実味のあるものでなければ評価してもらえませんから、過年度の決算書との整合性もチェックされます。
特に金融機関の与信審査は厳しく、経営者の人望や事業の将来性があっても、決算書の分析結果が社内基準に達していなければ、容赦なく取引を断ってくると聞きます。
最近は与信審査のスコアリングをAIに任せる銀行もでてきて、ますます「目に見える数字」を重視する傾向にあるようです。
ちなみに、決算書の見栄えを良くして与信審査をパスしても、あとでバレると刑事責任を問われるおそれがあります。
2018年1月に経営破綻した振り袖の販売・レンタル業「はれのひ」(横浜市)の社長は、虚偽の財務書類を金融機関に示し融資金をだまし取ったとして、最近(6月23日)詐欺容疑で神奈川県警に逮捕されています。
今後起訴されて有罪となれば、最長で10年の懲役刑を受けることになります(刑法246条)。
マネしてはいけません。
また、裁判所の命令で訴訟の相手方に会計帳簿を提出しなければならないこともあります(会社法434条、619条)。
いざというときのためにも真実に即した記帳をしておきましょう。
税務申告のため?
会社法・商法は「税務申告」のためとは一言もいっていませんが、税法には決算書に基づいて課税標準を計算することを前提するものが多くあります。
特に法人税法は「一般に公正妥当と認められる会計処理の基準」にしたがって課税所得を計算すると規定しており(法人税法22条4項)、会社法の規定(会社計算規則やその前提となる企業会計原則を含む)に従って作成された決算書は、この「基準」に従っていると解されています。
もっとも、税法にはこの「基準」とおりに課税所得を計算させない規定(いわゆる「別段の定め」)がいくつもありますから、会社法・商法に従って作成された決算書上の利益金額がそのまま課税所得金額になることはむしろ珍しいことです。
それでも、税務申告の土台が会社法・商法ベースの決算書であることは変わりありません。法人税の確定申告書には貸借対照表・損益計算書など一定の書類(法人税法74条3項)を、個人所得税の確定申告書には不動産所得、事業所得、山林所得に関する収入・必要経費の内容がわかる書類(所得税法120条6項)を添付しなければなりません。
税務申告のために決算書が必要といわれるのはこの添付義務があるためです。
たしかに、確定申告に決算書の添付は必要ですが、それは会社法・商法にしたっがて作成された決算書をベースに課税所得が計算されていることを税務署が確認する手段にすぎません。個人所得税の課税所得の計算は法人税ほど「基準」には依存していませんが、商法で商業帳簿の作成が義務付けられている個人事業者の「事業所得」については、申告書の様式が会計帳簿からの転記を前提にした作りになっています。
また、きちんと帳簿を作成している納税者には税務上の特典(課税所得を最大65万円減らせる「青色申告特別控除」)を用意して会計帳簿にもとづく申告を奨励しています。
現行の消費税の確定申告も「帳簿方式」といって会計帳簿をベースに税額計算する方式をとっています。
個々の取引に課税するという消費税の目的に照らすと、取引結果を包括的に示す「決算書」よりも、個別に取引がわかる「帳簿」のほうが税額計算のベースにふさわしいからなのでしょう。
税法が「基準」にしたがった決算書をベースに税務申告をさせようとする趣旨は、税務調査を容易にすることにあります。
統一ルールを基準にすれば何がアウトで何がセーフかチェックし易いし、「一般に公正妥当」と認められている(多くの人が常識として認めている)ルールを基準にすれば納税者と議論になるときにも説得しやすいからです。
税法が独自に「一般に公正妥当」なルールを確立するのは大変なので、企業会計のルールを流用したまでのことです。
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あくまでも、決算書作成の目的は株主・債権者といった会社の利害関係者のためであり、確定申告のためではないのがタテマエです。
しかし、決算書なしには確定申告はできないのですから、事実上税務申告目的で作成しているといってしまっても間違えではないでしょう。
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