Takashi Yamaguchi, English Speaking Japanese Tax Accountant

いわゆる「賃上げ税制」について

最近の報道によると、国内企業の積極的な設備投資に支えられて景気は良いけれど、賃上げの割には個人消費は伸びてないそうです。中途半端な賃上げは、消費よりも貯蓄に回ってしまうということですね。
そこで、本年度の税制改正でもさらなる賃上げを後押ししようということで、「賃上げ税制」の拡充がはかられています。
中小企業だけでなく大企業も使える制度(原則法)になっていますが、中小企業向け特例とは適用要件が微妙に違います。
なお、中小企業は原則法も選択適用できるようになってます(重複適用は不可)。
片方がだめでも、もう片方を適用できる余地がある分、中小企業にとって選択が広く、有利ともいえます。
また、外形標準事業税(地方税)についても同様の「賃上げ税制」が用意されています。
以下、要件等について制度の概要をお話ししていきます。
ご自身の会社にも使えるかもしれません。参考にしてみてください。

ちなみに、この制度、「青色申告法人」しか利用できません(租税特別措置法(以下「法」)42条の12の5第1項)。
これに限らず大抵の優遇税制は「青色」にしか認められません。
設立まもなくて「青色」になっていない会社さんは、早めに適用申請しておいたほうがよいかもしれません。

1. 賃金要件

【キーワード】

①「雇用者給与等支給額」(法42条の12の5第3項4号)
法人の各事業年度(以下「適用年度」という。)の所得の金額の計算上損金の額に算入される国内雇用者に対する給与等の支給額のことです。

②「比較雇用者給与等支給額」(同項5号)
法人の適用年度開始の日の前日を含む事業年度(普通は「前事業年度」のこと)の所得の金額の計算上損金の額に算入される国内雇用者に対する給与等の支給額のことです。

③「継続雇用者給与等支給額」(同項6号)
継続雇用者(法人の適用年度及び当該適用年度開始の日の前日を含む事業年度の期間内の各月すべてにおいて当該法人の給与等の支給を受けた国内雇用者)に対する当該適用年度の給与等の支給額です。

④「継続雇用者比較給与等支給」(同項7号)
継続雇用者に対する前事業年度等の給与等の支給額です。

【要件】

(原則法)①>②かつ(③-④)/④が3%以上(法42条の12の5第1項1号)
(中小企業特例)①>②かつ(③-④)/④が1.5%以上(同条2項本文)

すなわち、 前事業年度に比べて給与支給総額が増えており、前事業年から継続して勤務する社員に対する給与等の伸び率が3%もしくは1.5%以上であることが要件です。
総額でダウンしていると要件を満たせません。

2. 設備投資要件(原則法のみ)

【キーワード】

⑤「国内設備投資額」(法42条の12の5第3項8号)
適用年度において取得等(取得又は製作若しくは建設)をした国内資産(国内にある当該法人の事業の用に供する機械及び装置その他の資産で政令で定めるもの)で当該適用年度終了の日において有するものの取得価額の合計額のことです。

⑥「当期償却費総額」(同項9号)
法人が有する減価償却資産につき適用年度においてその償却費として損金経理(確定決算で費用として計上)をした金額の合計額です。

【要件】

⑤≧⑥の90%(法42条の12の5第1項2号)
かなり積極的に設備投資をしていることが要件となります。
原則法の場合だけに課せられる要件ですが、中小企業が適用する場合にも要件になります。

3. 税額控除限度額

上記1.と2.の要件を同時にみたせたら、①-②の15%を法人税額から控除できます(法42の12の5第1項本文)。
法人税額がこの金額に足りなくても、差額が還付されるわけではありません。
したがって、赤字(課税所得がマイナス)の事業年度には役に立ちません。

と、いうものの、要件を満たしている限りは関連別表を作成して法人税申告書といっしょに税務署に提出しておいた方が無難です。
そうしておけば、後に税務調査を受けて所得が黒字になったときに税額控除が使えます。

4. 控除率の上乗せ

上記1.と2.を同時に満たしつつ、さらに下記の要件を満たすと、上記3.の税額控除率がアップします。
原則法は5%上乗せ(合計20%。法42条の12の5第1項本文括弧書き)、中小企業特例は10%上乗せ(合計25%。同条2項本文括弧書き)になります。

【キーワード】

⑦「教育訓練費」(同条3項10号)
国内雇用者の職務に必要な技術又は知識を習得させ、又は向上させるために支出する費用です。

⑧「比較教育訓練費の額」(同項11号)
適用年度開始の日前2年以内に開始した各事業年度の所得の金額の計算上損金の額に算入される教育訓練費の額の合計額を当該2年以内に開始した各事業年度の数で除して計算した金額をいいます。

⑨「中小企業比較教育訓練費の額」(同項12号)中小企業者等の適用年度開始の日前1年以内に開始した各事業年度の所得の金額の計算上損金の額に算入される教育訓練費の額の合計額を当該1年以内に開始した各事業年度の数で除して計算した金額のことです。

【要件】

(原則法)⑦≧⑧(前期・前々期の平均)の1.2倍(同条1項3号)

(中小企業特例)(③-④)/④が2.5%以上(同条2項1号)で、かつ、⑦≧⑨(前期のみ)の1.1倍(同項2号イ)もしくは経営力向上計画が達成されたことの「証明」があること(同号ロ)。
「証明」の方法は、中小企業経営強化法に基づく経営力向上計画の認定書の写し+計画に従って行われる事業の報告書(経産大臣あて)などを確定申告書に添付することになっています(租税特別措置法施行規則20条の10第1項)。

原則法が前期・前々期の平均を判定ベースにするのに対して、中小企業特例は前期だけです。
たまたま前期に今期よりも大きな教育訓練費の支出があった場合は、中小企業特例では要件を満たせませんが、
上記2.の設備投資要件を満たせれば、原則法による5%上乗せを狙えるかもしれません。

5. 控除上限

3.と4.の合計額を法人税額から控除できますが、上限がきまっています。
法人税額(税額控除適用前)の20%が絶対額としての限度額です(法42条の12の5第1項、2項)。

6. 外形標準事業税(地方税)の「賃上げ税制」

法人税(国税)と同様の適用要件を満たすと「付加価値額」から一定額の控除が認められます(地方税法附則9条13項)。
上記4.のような「上乗せ」はありませんが、赤字の事業年度でも使えます。

***
「賃上げ税制」はいろいろ要件が複雑です。
最大限利用するには、課税所得だけでなく「賃金要件」「設備投資要件」を先読みしなければなりません。その意味で、けっこうハードルが高い税制かもしれません。
しかし、最大20%も法人税を節税できるメリットを考えると、手間ヒマかける価値はありそうです。

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