最近「民事信託」とか「家族信託」が話題になっています。
うちの母親もラジオで聞いて関心があるようですが、「信託」が何なのかはよく知りませんでした。
お客様への説明の予行練習も兼ねて「信託」の仕組み、民事信託と「後見制度」との違いを30分ほど話しましたが、どこまでわかってもらえたかは疑問です。
ということで、今回は反省がてら「信託」のしくみと課税関係をまとめてみました。
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信託は「委託者」「受託者」「受益者」という3人の登場人物で構成される財産管理のしくみです。
まず、委託者が、信託目的を定めて、信託行為(信託契約・遺言・信託宣言)により、受託者に財産を移転します。
受託者は、その信託財産を信託目的に従って受益者のために管理・処分します。
受益者は、受益権を取得して、信託の利益を享受します。
自分の財産を他人に管理させる方法は他にもあります。
例えば、賃貸物件の管理を不動産会社に任せる際には「委任」(民法643~656)が良く使われます。
この場合、受任者(委任により管理を請け負う不動産会社)が委任者の財産(賃貸物件)を委任者のために管理します。
つまり、財産の所有と管理は分離しています。
これに対して信託では、信託された財産(信託財産)の所有権は委託者から受託者に移りますので、所有と管理が受託者に一元化します。
もっとも、信託財産はあくまでも委託者のために所有するものなので、受託者は自己の固有財産とは切り離して信託財産を管理する義務を負います。
所有者とはいえども、受託者は万能ではなく、信託の目的の範囲内で限定的な財産権しか行使できないのです。
観点によって複数の分類方法があります。
自益信託では、税務上、信託の前後で実質的所有者の変更なく、登録免許税等の流通税以外の課税関係が発生しません。
最初は自益信託として設定し、後に受益権を他人に譲渡して他益信託になるというパターンもあります。
信託を設定するには、以下の3通りの方法があります。
信託の内容によって所得税、法人税、贈与税、消費税の課税関係が変わってきます。
受益者を信託財産の所有者とみなして課税します(相続税法9条の2、所得税法13条)。
委託者が信託の変更をする権限(軽微な変更をする権限として政令で定めるものを除く。)を有し、かつ、当該信託の信託財産の給付を受けることとされている場合は、当該委託者(このような委託者を「特定委託者」といいます。)も受益者とみなされます。
原則的課税関係は、以下のように要約できます。
自益信託 | 他益信託 | |||
委託者:個人 |
委託者:法人 受益者:個人 |
委託者:個人 受益者:法人 |
||
信託設定時 | 課税関係なし | 受益者に贈与税課税 (ただし、受益者が適正な対価を負担して受益権を取得した場合を除く) |
受益者に所得税課税 |
受益者に法人税課税 委託者に所得税(譲渡所得)課税 |
信託期間中 | 受益者に所得税・法人税課税 | 受益者に所得税課税 | 受益者に法人税課税 | |
信託終了時 | 受益者から残余財産帰属者への贈与として課税 |
信託期間中に信託財産から生じた収益(信託収益)は、発生段階で受益者のものとして課税されます。
集団投資信託の信託収益は、受益者が実際に受領したときに課税されます(課税時期の特例)。
「集団投資信託」とは、合同運用信託、投資信託のうち一定のもの及び受益証券を発行する信託のうち一定のものをいいます。
銀行・証券会社が販売する金銭信託や証券投資信託がこれに該当します。
集団投資信託には不特定多数の受益者がいるため、これら受益者全員に信託収益発生段階で課税させるのは実務的に困難なので、実際に信託から分配金の支払いを受けるまで課税が猶予されています。
退職年金等信託の信託財産については、受益者ではなく、受託者になっている信託銀行等が納税義務を負います(課税主体の特例)。
課税されるのは「退職年金等積立金に対する法人税」という特殊な法人税(法人税法83条~91条)で、一般的な法人税である「各事業年度の所得に対する法人税」とは別物です。
「退職年金等信託」とは以下の契約に基づく信託のことです。
次に掲げる信託(集団投資信託、退職年金等信託に該当する信託を除く。)は「法人課税信託」と呼ばれ、受益者ではなく、受託者が納税義務を負います(課税主体の特例)。
この場合に課税される法人税は「各事業年度の所得に対する法人税」です。
なお、個人であっても「法人課税信託」の受託者となる者は法人税の納税義務者になります(法人税法4条4項)。
原則課税の適用を受けていた信託の受益者が後に存在しなくなると法人課税信託になってしまいます。
法人課税信託の受託者は、各法人課税信託の信託財産および固有資産等ごとに、それぞれ別のものとみなして、所得税法および法人税法の規定を適用することになります(所得税法6条の2、法人税法4条の6)。
超高齢社会に突入した日本では高齢者、特に、認知症等を発症して財産管理能力(法律上の行為能力)を喪失したり十分でないお年寄りをどうサポートしていくかが喫緊の課題になっています。
精神上の障害により判断能力が十分でない方に、その障害の程度に応じて「成年後見人」「保佐人」「補助者」という援助者を付ける法定後見制度がありますが、家庭裁判所への申立をしなければ利用できません。
同居者がいない場合は障害に気づく人がおらず、申立が遅れて手遅れという事態が心配されます。
また、法定後見制度は財産の保全・保護を重視しているため、元気だったころに本人が望んでいたような生活や終活ができる保証はありません。
これからは、自己決定権を重視する高齢者が増えるにつれ、任意後見契約や民事信託を利用される方が増えるのではないかと思います。
法定後見制度に比べれば、私的契約である任意後見契約の自由度は格段に高まります。
しかし、以下のような手続上の制約があり、利用しづらいといわれています。
その点、民事信託には以下のようなメリットがあります。
しかし、民事信託は柔軟に設定できるがゆえにその課税関係も複雑になりえます。
信託契約の変更権者を定めている場合に、結果的にその方に残余財産帰属権利が与えられるときは、変更権者に受益者課税が及ぶことになり、思わぬ課税によって信託の存続が危ぶまれることになるかもしれません。
また、二次受益者を指定している場合は、信託財産になっていない遺産とあわせて一次受益者からの相続分・遺留分を考える必要があり、遺産分割協議や相続税申告が複雑化する可能性があります。
受益者が存在しなくなると法人課税信託になり法人税の申告・納税が必要になります。
信託財産が大規模であったり、信託契約の内容が複雑な場合は、信託設定後も弁護士、司法書士などの法律専門家を継続的に関与させた方が良いでしょう。
また、信託計算書の作成や、信託財産の記帳処理などの信託事務を日頃から税理士に代行させていた方が、事後的な税務上の問題にも対処しやすいと思います。
大規模な民事信託を使いこなすには、それなりの労力とコストを要すると覚悟すべきでしょう。
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我が家でも両親が終活を考える年齢になりました。
まだ、時間はあると思いますが、元気なうちに準備を済ませておくに越したことはありません。
とりあえず、実家の敷地の相続税評価額は私が調べときました。