Takashi Yamaguchi, English Speaking Japanese Tax Accountant

税制改正大綱

12月12日に「令和2年度税制改正大綱」が公表されました。
翌日13日には主要新聞が朝刊で特集を組んでその内容を詳細に解説していましたので、すでに目にされた方も多いかと思います。
今回はこの「税制改正大綱」をちょっと深堀りしてみます。

税制改正大綱とは

翌年度以降に実施する増税や減税、新税の導入内容などをまとめた文書です。
自民、公明両党の税制調査会が各府省庁や業界団体の要望を踏まえ議論し、12月に決定するのが通例です。

令和2年度税制改正大綱の全文はこちらからダウンロードできます。

二つの税制調査会

単に「税制調査会」というと、政府内に置かれている税制調査会(内閣府の審議会=内閣総理大臣の諮問機関)と、自民党、公明党などの政党内の税制調査会のどちらを指しているのか分かりにくいので、ここでは前者を「政府税調」、後者を「党内税調」と呼んで区別します。

税制改正大綱をとりまとめるのは党内税調です。
現行の安倍政権では、与党である自民、公明両党の党内税調が各省庁や経済団体などからの要望を受け付け、9月ごろから議論を初め、年末をめどに、翌年度以降に見直す税制の内容を「税制改正大綱」としてまとめています。
一方、政府税調では、有識者が中心になって中長期的な税制のあり方について検討し、その結果を安倍総理に答申します。

つまり、総理大臣は二つの税調から上申を受け、翌年度以降の税制のあり方について必要な政策を実行する立場にあります。

税制改正との関係は

日本では「国民は、法律の定めるところにより、納税の義務を負ふ。」(憲法30条)ことになっていますので、税制改正大綱を具現化するには、大綱の内容を税制改正関連法案に落とし込み、国会の議決を得て法律として施行するという手続きを踏まなければなりません。
そのため、政府は、党内税調がまとめた税制改正大綱や政府税調からの意見を参考にしながら所得税法や法人税法などの改正作業に入り、年明けの通常国会に税制改正関連法案として提出します。
議院内閣制をとっている日本では、内閣総理大臣を選出した与党から提出された法案が国会で否決されることは稀ですが、もし、税制改正関連法案が国会で否決されれば、大綱で目指した税制改正は不発に終わります。

税制改正関連法案は内閣や国会議員が提出しますが、その内容は、国税に関するものは財務省、地方税に関するものは総務省の官僚が作成しています。
税法の条文を読まれたことがある方はご存知かと思いますが、税法の規定ぶりは超が二つ三つつくほど複雑です。
改正法案は、現行の条文のどの部分をどのように置き換えていくかを一つずつ規定していく形をとりますが、ただでさえ複雑な条文を改正するのは、外科手術と同様に、問題のない部分を温存しつつ、必要な部分だけ最低限の治療(改正)を施すという繊細な作業が求められます。
うっかり「、」を打ち損ねたり、「等」の字を入れ忘れたり、参照する法令の条項を入れ忘れたり間違えると問題の部分まで変わってしまいますので、担当者は神経をすり減らしながら法案を作成することになります。
平成13年度から14年度の法人税法大改正のころには、改正法案を担当した財務省の官僚の方々が過労で次々に倒れたという噂があります。

このように、税制改正大綱が出たからといって、その内容の全てが立法化されて実現するとは限りません。
党内税調が強く推しても、政府税調からダメ出しが出て総理大臣の判断で見送りになったり‥ということもあります。
特に減税案については、代替財源がなければ実行しにくいということもあって、政策的判断(いわゆる「大人の事情」)で見送りになることも多々あるようです。
改正法案を作成する人員と時間が足りないために今回は見送り‥といったこともあるかもしれません。

令和2年度の税制改正大綱のハイライト

というものの、税制改正大綱の内容はかなりの確率で実際に税制改正に反映されています。
それだけ現実味があるからこそマスコミも大きく取り上げるのでしょう。
12月12日に公表された令和2年度の税制改正大綱は120ページ近くある大作です。
そのすべてに目を通すにはもう少し時間を要しますが、これまでざっと目を通したところで、私が気になった項目をいくつかご紹介します。

所得税関係

寡婦(寡夫)控除の対象拡充

未婚のひとり親に対する税制措置として,現に婚姻をしていない者が,生計一の子を有し合計所得金額が500万円以下であること等の要件を満たす場合,その者の総所得金額等から35万円を控除する。

国外居住親族に係る扶養控除の制限

非居住者である親族に係る扶養控除の対象となる親族から,年齢30歳以上70歳未満の者であって次のいずれにも該当しない者を除く。

  1. 留学により非居住者となった者
  2. 障がい者
  3. その居住者からその年における生活費又は教育費に充てるための支払いを38万円以上受けている者

適用は,令和5年1月1日以後に支払われる給与等及び公的年金等並びに令和5年分以後の所得税から。

国外中古建物の不動産所得に係る損益通算等の特例の創設

個人が,令和3年以後の各年において,国外中古建物から生ずる不動産所得を有する場合において,その年分の不動産所得の金額の計算上,国外不動産所得の損失の金額があるときは,その国外不動産所得の損失の金額のうち国外中古建物の償却費に相当する部分の金額は,所得税に関する法令の規定の適用については,生じなかったものとみなす。

法人税関係

イノベーション強化に向けた投資促進税制

対象法人が,令和2年4月1日から令和4年3月31日までの間に特定株式を取得し,かつ,その取得をした日を含む事業年度末まで有している場合には,その特定株式の取得価額の25%の所得控除ができる「オープンイノベーションを促進するための税制措置」を創設。ただし,特別勘定として経理した金額を限度とする。
中小企業者で対象法人に該当するものも同様の措置を設ける。

連結納税制度の改変

現行制度に代えて,グループ通算制度へ移行する。令和4年4月1日以後に開始する事業年度から適用する。また,連結納税制度からの移行に関する経過措置等を講ずる。

交際費等の損金不算入制度の延長

適用期限を2年延長するとともに,中小法人に係る損金算入の特例の適用期限を2年延長する。

少額資産特例の見直し

中小企業者等の少額減価償却資産の取得価額の損金算入の特例について次の見直しを行った上,適用期限を2年延長する。

  1. 対象法人から連結法人を除外
  2. 常時使用する従業員数の要件を500人以下に引下げ

納税環境整備

  1. 振替納税の通知依頼及びダイレクト納付の利用届出の電子化
  2. 準確定申告の電子的手続きの簡素化

国外財産情報の開示強化

適正な情報開示を促すため,国外財産調書制度等について,次の見直し等を行う。

  1. 相続国外財産に係る相続直後の国外財産調書等への記載の柔軟化
  2. 国外財産調書の提出がない場合等の過少申告加算税等の加重措置の見直し
  3. 過少申告加算税等の特例の適用の判定の基礎となる国外財産調書等の見直し
  4. 国外財産調書に記載すべき国外財産に関する書類の提示又は提出がない場合の加算税の軽減措置及び加重措置の特例の創設

1.が令和2年分以後の国外財産調書又は財産債務調書から,2.~4.は令和2年分以後の所得税等から適用する。

***

税理士は仕事道具として「税務六法」を使います。
昔は「法令編」と「通達編」の二分冊でしたが、年を追うごとに税制改正によって条文数が増えてどんどん分厚くなり、いつの間にか法令編が二分冊になって現在は合計三分冊です。
改正法案をドラフトする官僚の方々も大変ですが、税法を読む我々も大変です。

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