Takashi Yamaguchi, English Speaking Japanese Tax Accountant

租税条約の解釈

以前ブログ「租税条約と日本の税法」で、租税条約は国際法であると同時に国内では国内法として通用することをご紹介しました。
しかし、租税条約については、本来の国内法にように具体的な内容の詳細を定める「政令」・「省令」や解釈指針となる「通達」がありません。

そのような場合は、何をよりどころに租税条約の内容を解釈すればよいのでしょうか?

租税条約実施特例法等

「租税条約等の実施に伴う所得税法、法人税法及び地方税法の特例等に関する法律」(以下「租税条約実施特例法」)という法律があります。
この法律は租税条約を国内法として通用させるために必要な一般的事項を定める国内法です。
この一般法について具体的内容を定める政令として「租税条約等の実施に伴う所得税法、法人税法及び地方税法の特例等に関する法律施行令」、省令として「租税条約等の実施に伴う所得税法、法人税法及び地方税法の特例等に関する法律の施行に関する省令」があります。
租税条約とこれらの日本の法令の役割をPCのソフトウェアに例えれば、海外で開発されたプログラムが租税条約、これを日本に導入する際のローカライゼーション・プログラムが租税条約実施特例法等の国内法令といえます。

これらの国内法令は、租税条約を国内法と一緒に通用させる際に国内法側で必要となる特例(=条約とのすり合わせ)や手続き(税務署長に対する届け出など)を定める法令なので、租税条約の規定そのものの解釈の拠り所とはなりません。
ただし、租税条約が規定する内容を追認・補足する規定もありますので、その限りにおいては租税条約の規定の解釈指針となり得ます。
例えば、日仏租税条約には相手国で支払った社会保険料の取り扱いについて以下のような取り決めがあります。

日仏租税条約
第18条(退職年金)
1 略
2⒜ 一方の締約国において設けられ、かつ、課税上認められた社会保障制度に対し、他方の締約国内において役務を提供する当該他方の締約国の居住者である個人又は当該個人に代わる者が支払う強制保険料(当該個人が役務の提供を開始する日から継続して60箇月を超えない期間に支払われるものに限る。)については、次の⒤からⅲまでに掲げる要件を満たす場合に限り、当該他方の締約国における当該個人の租税の額の決定に際して、当該一方の締約国において課税上の救済の対象とされない範囲内で、当該他方の締約国において課税上認められた社会保障制度に対して支払われる強制保険料と同様の方法並びに類似の条件及び制限に従って取り扱う。
⒤ 当該個人が、当該他方の締約国において役務の提供を開始する直前において、当該他方の締約国の居住者でなく、かつ、当該一方の締約国において設けられた社会保障制度に参加していたこと。
(ii) 一方の締約国において設けられた社会保障制度が、当該他方の締約国において課税上認められた社会保障制度に一般的に相当するものとして当該他方の締約国の権限のある当局によって承認されていること。
ⅲ 給料、賃金その他これらに類する報酬(当該一方の締約国において設けられた社会保障制度に対する強制保険料が賦課されるものに限る。)が、当該他方の締約国において租税を課されること。
⒝ ⒜の規定の適用上、
⒤ 「社会保障制度」とは、個人が⒜の規定にいう役務について社会保障給付を受けるために参加する制度をいう。
(ii) 社会保障制度に対して支払う強制保険料が一方の締約国において課税上の救済の対象とされるときは、当該社会保障制度は、当該一方の締約国において「課税上認められた」こととなる。

この条約の規定によって、日本の居住者がフランスの社会保障制度に対して支払った保険料は、日本で所得税法上、日本の社会保険料と同様に取り扱われることになります。
ただし、これに関連して租税条約実施特例法は、日本で所得税の課税社会保険料控除の対象となる保険料は「我が国の社会保障制度に対して支払われる当該租税条約に規定する強制保険料と同様の方法並びに類似の条件及び制限に従って取り扱うこととされるものに限る。」と「保険料」の範囲に絞りをかけています。

租税条約実施特例法
(保険料を支払った場合等の所得税の課税の特例)

第5条の2の2 所得税法第2条第1項第3号に規定する居住者が支払った又は控除される保険料(租税条約の規定により、当該租税条約の相手国等の社会保障制度(当該租税条約に規定する社会保障制度をいう。以下この項及び第3項において同じ。)に対して支払われるもので、我が国の社会保障制度に対して支払われる当該租税条約に規定する強制保険料と同様の方法並びに類似の条件及び制限に従って取り扱うこととされるものに限る。項において同じ。)については、同法第74条第2項に規定する社会保険料(第3項において「社会保険料」という。)とみなして、同法(第188条、第190条及び第196条を除く。)の規定を適用する。この場合において、同法第120条第3項第1号中「に係るもの」とあるのは、「及び租税条約等の実施に伴う所得税法、法人税法及び地方税法の特例等に関する法律第5条の2の2第1項(保険料を支払った場合等の所得税の課税の特例)に規定する保険料に係るもの」とする。(本条平19年法6号追加、平22年法6号、平31年法6号改正)

このように国内法令に条約の定めについて具体的な取り扱いを定めた規定がある場合は、これに従うことになります。

議定書

「議定書」は条約の解釈などについて締約国間で合意した内容を成文化したものであり、これも条約の一種に数えられます。
日本が締結した租税条約のほとんどがについて議定書が存在しており、条約に明文規定がなくても具体的な取り扱いが議定書に書かれていることがあります。
例えば、給与所得については日英租税条約に以下の定めがあります。

日英租税条約
第14条(給与所得)
1 次条、第17条及び第18条の規定が適用される場合を除くほか、一方の締約国の居住者がその勤務について取得する給料、賃金その他これらに類する報酬に対しては、勤務が他方の締約国内において行われない限り、当該一方の締約国においてのみ租税を課することができる。勤務が他方の締約国内において行われる場合には、当該勤務について取得する給料、賃金その他これらに類する報酬に対しては、当該他方の締約国において租税を課することができる。

この条約の定めによれば、イギリスの居住者が日本国内で勤務したことにより、その対価として受け取る給与については日本で課税できることが日英租税条約で以下のように定められています。
最近ではストックオプションを利用した報酬制度のように、労務の提供時期とその対価の課税時期が異なる報酬体系も増えています。日本の所得税法では労務の対価として支給されたストックオプションを行使したことによる所得は給与所得として課税されることになっていますが、上記の条約の文言上ストックオプションが給与として課税されるのかどうかははっきりしません。
そこで、日英租税条約の議定書は、以下のようにストックオプションの取り扱いを定めています。

日英租税条約議定書3
条約第14条1に関し、ストックオプション制度に基づき被用者が享受する利益、所得又は収益であってストックオプションの付与から行使までの期間に関連するものは、同条の適用上、「その他これらに類する報酬」とされることが了解される。
さらに、被用者が次の⒜から⒟までに掲げる要件を満たす場合には、二重課税を回避するため、ストックオプションの行使の時に当該被用者が居住者とならない締約国は、当該利益、所得又は収益のうち当該被用者が勤務を当該締約国内において行った期間中当該ストックオプションの付与から行使までの期間に関連する部分についてのみ租税を課することができることが了解される。
⒜ 当該被用者が、その勤務に関して当該ストックオプションを付与されたこと。
⒝ 当該被用者が、当該ストックオプションの付与から行使までの期間中両締約国内において勤務を行ったこと。
⒞ 当該被用者が、当該行使の日において勤務を行っていること。
⒟ 当該被用者が、両締約国の法令に基づき両締約国において当該利益、所得又は収益について租税を課されることになること。
 除去されない二重課税を生じさせないため、両締約国の権限のある当局は、このようなストックオプション制度に関連する条約第14条及び第23条の解釈又は適用に関して生ずる困難又は疑義を、条約第25条の規定に基づく合意によって解決するよう努める。

議定書にこの定めがあることで、ストックオプション関連所得のうち付与から行使までの期間に関連するものは条約14条にいう「その他これらに類する報酬」にあたること、ストックオプションを行使した時点で税務上日本の居住者にあたる被用者についてイギリスが課税できるストックオプション関連所得の範囲は、ストックオプションの付与から行使までの期間のうちその被用者がイギリスにおいて勤務した期間に関連する部分に限ることが明確になっています。

OECDモデル租税条約コメンタリー

国内法令や議定書をみても具体的な定めがない場合に解釈の拠り処となるのが、OECDモデル租税条約コメンタリーです。
日本が締結した租税条約(二重課税の回避及び脱税の防止のための条約)のほとんどはOECDが制定したモデル租税条約をお手本にしています。
OECDモデル租税条約は租税条約の国際標準としてOECD加盟国を中心に租税条約の原型として参照されているものです。
このモデル条約の規定の趣旨や解釈について説明しているものが「コメンタリー」です。
実際の租税条約の文言は締約国同士の交渉によりモデル租税条約を適宜修正して決定しますが、モデル租税条約の文言をそのまま踏襲している条文については「コメンタリー」を解釈指針とすることが実務慣行となっています。

例えば、先ほどみた日英租税条約第14条には下記のような続きがあります。

2 1の規定にかかわらず、一方の締約国の居住者が他方の締約国内において行う勤務について取得する報酬に対しては、次の⒜から⒞までに掲げる要件を満たす場合には、当該一方の締約国においてのみ租税を課することができる。
⒜ 当該課税年度又は賦課年度において開始し、又は終了するいずれの12箇月の期間においても、報酬の受領者が当該他方の締約国内に滞在する期間が合計183日を超えないこと。
⒝ 報酬が当該他方の締約国の居住者でない雇用者又はこれに代わる者から支払われるものであること。
⒞ 報酬が雇用者の当該他方の締約国内に有する恒久的施設によって負担されるものでないこと。

この規定によれば、イギリスの居住者が日本国内で行う勤務について支給される給与については(a)ないし(c)の3要件すべてを満たせばイギリスでのみ課税される、すなわち日本では課税されないことになります。
しかし、過去12か月以内に日本の居住者であった者がイギリスの居住者となり、出張等で日本に滞在する場合に、日本の居住者であった期間を3要件のうち(a)に掲げる「183日」にカウントするかどうかは租税条約の文言上明らかではありません。

日英租税条約第14条1項および2項は、OECDモデル租税条約第15条1項および2項をそのまま踏襲した内容(第2項の文言に違いがありますが、実質的に同じ内容)になっています。
そして、モデル租税条約15条第2項の「183日」の数え方について第15条関連コメンタリーの5.1は”Days during which the taxpayer is a resident of the source state should not, however, be taken into account in the calculation. “(当該期間計算にあたっては当該納税者が所得の源泉地国において居住者であった期間を考慮しない)と解説しています。
このコメンタリーにしたがうと、日英租税条約14条2項を適用する際にもイギリスの居住者が日本の居住者であった期間を考慮せずに日本における滞在日数をカウントすべきということになります。

OECDモデル租税条約コメンタリーは2017年に大幅に改訂されています。
今後も経済実態や課税環境が変わるにつれ改訂されていくと思われますので、条約の条文の趣旨・解釈について疑問があるときは最新のコメンタリーで確認するようにしてください。
また、モデル租税条約そのものが改訂されて二国間で実際に締結された租税条約の改正の契機となることもあります(例:2010年に改正されたモデル租税条約7条を導入した現行日英租税条約)。
その際には新条約の改正趣旨を読み取る参考資料としてもコメンタリーが役に立ちます。

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租税条約の解釈については所轄の税務署に尋ねても確たる答えを得にくいことがあります。
また、税務署から回答を得られた時にはその根拠となる法源(国内法令、議定書、モデル租税条約コメンタリー)も教えてもらった方が良いと思います。

 

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