「節税」を謳い文句に投資案件の勧誘を受けたことがありませんか?
本当に節税効果があるのか販売している業者もよくわかっていないケースもあります。
「思っていたのと違う」結果を避けるには、投資する本人がスキームのどこが「節税」になるのかを理解する必要があります。
その際のポイントは、それが本当に「節税」になるのか、単なる「課税繰り延べ」に過ぎないのかの見極めです。
今回は、法人税・所得税の「節税」を念頭にお話しいたします。
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「課税繰り延べ」とは税金が課税される時期を先送りすることです。
例えば、ある年に収入が160、費用が120あったとすると、40の利益が計上されます。
税率50%と仮定すると、この40の利益に対して20の税金がかかります。
これを基本形とします。
これを1年ではなく4年にわたって収益と費用を均等に分割すると以下のようになります。
課税繰り延べ2
各年に計上される利益も10づつに均等に分割されます。
当然に、利益に対する税金も各年に均等に分割されます。
4年間の納税額は5 x 4 =20なので、その税負担は基本形と変わりませんが、1年目に一度に20が課税されるのではなく、4年間にわたって10づつ課税されます。
このように税負担が同じでも課税時期が先送りされる状態を「課税繰り延べ」といいます。
課税繰り延べの効果は、収益よりも費用が先行して計上される場合により顕著になります。
たとえば、最初の4年間は費用だけが発生し、5年目以降8年目までに収益のみが発生するような極端な例では、利益・税負担は以下のようになります。
ここで、1年目から4年目までの税金が△15(マイナス15)となっているのは、費用計上が先行することによって、それぞれの年の税負担が15ずつ減ることを示しています。
もっとも、1年目から8年目までの税金を合計すれば基本形と同じ20となり、全体での税負担は変わりませんので、このような単純な課税繰り延べでは「節税」にはならないということがおわかりいただけるかと思います。
課税繰り延べは、むしろ税負担を増やしてしまうこともあります。
先の例のように、1年目から4年目までの税負担がマイナスになるのは一定の条件がそろった場合です。
例えば、先行して発生した費用を吸収できるだけの収益が他にある場合は、その費用のおかげで利益が減り、その年の税負担が軽くなります。
このような場合は、先行費用の税務メリットを十分に使い切れるので、税負担のマイナスを認識できます。
しかし、収入がない年に費用を計上すると、利益自体がマイナス(損失)になります。
利益がない年、すなわち損失が生じた年の税負担はゼロで打ち止めです。
例外的に、法人税については損失が生じた事業年度に税金の還付を受けられることがありますが、通常は損失が生じた年に還付を受ける(税負担がマイナスになる)ことはありません。
このような場合に、遅れて収入だけが発生するときは、費用がない分その後の税負担は増えてしまします。
1年目から4年目に生じた費用を十分に吸収できる収益がなかった場合は、下図のように全体での税負担は80となります。
青色申告する納税者は一定期間(法人は10年、個人事業者は3年)に限り損失の繰越し控除が認められますので、このような不利益をある程度回避できるかもしれませんが、青色申告でない場合は、気が付いた時には手遅れということになります。
このように、「課税繰り延べ」は税負担を軽減するどころか、かえって税負担を重くすることもありうるのです。
課税繰り延べの典型例は減価償却費の先行計上です。
建物など高額な中古資産の耐用年数を短く見積もる、製造設備の耐用年数の短縮特例を適用する、割増償却制度を適用する、償却方法として定率法を選択する、など比較的短期間で多額の減価償却費を計上する場合がこれにあたります。
また、開業費などの繰延資産の任意償却によっても課税繰り延べは可能です。
なお、収益・費用をいつ認識すべきかはその種類に応じて税法や会計基準のルールに従います。
上記の設例は、あくまでも説明のためのものであって、収益・費用の認識時期を納税者が任意に選択できる余地はほとんどありません。
収益も費用も取引の実態に応じて「認識すべき時期に認識する」のが原理原則です。
この原理原則を歪めるために無理やり経済合理性のない取引を行ったり、仮装すると、後々歪みを制御することができなくなる恐れがあります。
「課税繰り延べ」は収益・費用の認識段階での問題だと私は思っています。
これに対して「節税」は、認識された収益・費用に基づいて税額計算をする場面で可否が検討されるものです。
つまり、検討されるべき段階が違います。
私は、真に「節税」と呼べるのは「税額控除」くらいのものだと考えています。
税額控除は、課税所得が黒字で納税額があるときに、本来納付すべき税額から一定額を控除できる特例です。
税額控除は、外国税額控除のように二重課税排除目的のものと、税負担を軽減することで事業を支援したり、雇用や設備投資を促進するなど政策目的によるものに大別できますが、前者は税負担が過大にならないように配慮した緩和策であり真の「節税」ではありません。
後者は、政策目的に適合した納税者しか適用できないように、法令で適用要件が事細かに定められています。
大抵は、指定された一定期間内に試験研究・設備投資額を増やしたり、雇用を増やしたことが要件になっています。
したがって、ただ納税額を減らしたいというだけでは使えない仕組みになっています。
もっとも、個人の場合は、税額控除以外にも真の節税を図れる余地があります。
たとえば、不動産の譲渡所得に対する個人の税率は、住民税を含めて20%又は39%です。
一方、不動産を賃貸して得られる所得(不動産所得)は総合課税(住民税を含め最高55%の累進税率)で課税されます。
実効税率が20%(又は39%)を超える個人であれば、同じ金額の所得を得るならば、不動産を貸すよりも売却して得た方が税負担を軽くできるかもしれません。
このように、所得の種類によって適用される税率や課税方法が変わる個人については、法人よりも節税策の選択肢が多いともいえます。
かように、「真の節税」は限られた要件のもとでしか達成できないはずなのですが、「課税の繰り延べ」によっても結果的に納税額を減らすことは可能です。
「課税の繰り延べ」は課税時期を先送りするだけで、本来は一定期間内の納税額の総額に違いは生じないはずなのですが、繰り延べる損益の額が大きければ大きいほど、実際の納税額に差がでます。
先の例に倣うと、4年間の納税額が20万円の場合はその差は大したことありませんが、これが20億円ともなると、1年目に20億円を全額納税するか、毎年5億円ずつ均等に納税するか、4年後に20億円納税するかによって、実質的な納税額に大きな差が生じます。
実質的な納税額はその時々の金利水準によって左右されます。
例えば、年利1%で手元資金を運用できる納税者が、20億円の納税を4年後一括に繰り延べてその間資金運用すれば、8千万円を超える投資収益を得られますので、実質的な納税額は19億2千万円ほどで済むことになります。
このように、スケールメリットによって実質的な納税額を減らせるという効果を知っていて「課税繰り延べ」にも「節税」効果があると呼ぶ人もいます。
ただし、税務当局もこのスケールメリットには気づいており、過度な課税繰り延べスキームに対しては個別に対策を講じてます。
古いものでは、リース取引(リース期間がリース資産の法定耐用年数よりも極端に短いリース取引)、海外エアラインに対する航空機リース取引(リース期間がリース資産の法定耐用年数よりも極端に長い+定率法償却)が制限されています。
最近では、個人の海外不動産投資損失に関する制限(損失のうち中古建物の減価償却費相当部分を必要経費に算入させない措置)が設けられています(2021年以降)。
「課税繰り延べ」にも実質的な納税額を減らす効果はありますが、これを計画どおりに達成するには、相当綿密なタックスプランニングが必要です。
そもそも、計画が立派でも、その通り実行できる保証はありません。
ある意味、課税繰り延べによる「節税」は真の節税よりもハードルが高いともいえます。
一昔前に比べれば事業環境の変化のサイクルも振れ幅も大きくなっており、想定外の損失で節税スキームが不要どころか業績不振の要因になってしまっている企業もでてきているようです。
また、課税繰り延べが上手く機能しても、スキーム後半では利益が出すぎてしまい、その「節税」策として別のスキームを購入するという無限ループに陥る企業もあるようです。
「節税」スキームに投資をする際には、緊急脱出策も含めた事前計画が必須です。
真の節税=税額控除の場合は、必要とされる要件が未達で実際に節税できなくても本来納めるべき税額を納めるだけで済みます。
一方、課税繰り延べスキームの場合は、前半に先行計上した費用の「揺り返し」が後半に生じますが、これに対応できずに納税額が増えてしまうリスクがあります。
その意味でも、課税繰り延べによる「節税」には不確定要素が多いといえます。
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相続税・贈与税のようにある一時点を基準に計算する税金の「節税」対策は、所得税・法人税のように年・事業年度単位で計算する税金の場合とはだいぶ様相が異なります。
そもそも、税制の仕組みが全く違うので当然といえば当然です。
とくに相続税は、税法以前に民法、とくに「家族法」「相続法」と呼ばれる分野の知識がなければ対策は立てられません。
その意味では、所得税・法人税よりも複雑で大掛かりなスキームになりがちです。
そして、その準備には長い年月を要することもあります。