Takashi Yamaguchi, English Speaking Japanese Tax Accountant

「調査」と「査察」

国税関係の定期人事異動は7月です。
幹部職員は7月の初め、一般職員は7月10日付けで発令を受けるようです。
新体制で税務調査に着手するのが8月に入ってからなので、運の悪い方々はそろそろ税務署、国税局からお知らせ(大抵は電話連絡)がくるころです。
私の経験では、お盆前に納税者にコンタクトして、お盆明けに実地調査を始めるのが一般的なパターンのようです。

「調査」とは

税務調査の連絡を受けると「査察が来たっ!」という人がいますが、「調査」と「査察」は全く別物です。
前者は間違えがないかチェックする「行政調査」です。
調査の結果、間違えが見つかれば間違えを正す「更正」という「行政処分」をすることがあります。
行政処分には強制力(払い足りなかった税金を「支払いなさい」と強制できる国家権力)がありますが、調査そのものにはありません(任意調査)。
したがって、理屈の上では、納税者から拒否されると調査官が調査を強行することはできません。
といっても、ひとたび調査対象に選ばれて「お知らせ」を受けると、調査を拒否することはほぼ不可能です。
私の経験では国税局と税務署から同時に調査の「お知らせ」が来たので「どっちか一つしか対応できませんよ~」と言ったところ、税務署の調査が延期になったことはあります。
国税局の調査が1年近く続いたので結局税務署の調査は中止になりましたが、よほどのことがない限りは中止はありません。

また、調査官には「質問検査権」が与えられています(国税通則法74条の2)。
調査官の質問に答えない、ウソの答弁をするなどの行為は質問検査権の行使を妨害したことになり、1年以下の懲役または50万円以下の罰金に処せられることがあります(国税通則法128条2号)。
このように、任意調査とはいえども、調査官の質問検査に応じることを間接的に強制されているため、納税者には調査を受けることをがまんする義務(受忍義務)が課されているといわれています。

「査察」とは

一方の「査察」は警察の「捜査」に相当する「行政処分」です。
脱税の嫌疑がある場合に、裁判所から許可状(いわゆる「令状」)を得て行われます。
担当するのも一般の調査官ではなく「査察官」と呼ばれるタスクフォースです。
いわゆる「マルサ」ですね。
30年ほど前にヒットした「マルサの女」という映画で一躍世に知られた職業ですが、本職の国税関係者の方はそう呼んでいないそうです。

ひとたび令状を呈示されると、納税者が同意しようがしまいが査察官は令状に記載された捜索場所の範囲内であらゆる場所を調べて脱税の証拠を捜索・押収することができます。
警察の捜査と違って身柄を拘束したり、身体検査をすることはできませんが、持ち物検査はできるようです(このあたりの話は映画「マルサの女」にもでてきます)。
納税者の住居や職場などの関係先に立ち入ることはもちろん、捜索・押収のために必要なら、ドアや金庫の鍵を壊す、壁をはがすなどの処分も可能です。
「調査」の段階でこんなことをしたら住居侵入ならびに器物損壊で刑事事件になりますが、「査察」ではお咎めなしです。
そのために裁判所が本当にそこまでやる必要があるくらい脱税の嫌疑が濃厚なのかを事前チェックして査察令状を発付するのです。

ある意味、条件付きで国家による人権侵害が行われるわけですから、もしも、脱税の証拠が見つからないとエライことになります。
査察そのものが違法だということになれば、課税処分をするどころか逆に納税者に賠償を請求されることになりますし、国税のメンツも丸つぶれです。
したがって、査察に踏み切るのは、内偵によってほぼ100%クロの確証が得られて、裁判所も「査察やむなし」と判断できる事案に限られているようです。

査察の次は検察での取り調べ

意図的に脱税することは犯罪(刑事事件)になります。
単純に申告し忘れた、申告したけど間違った場合は犯罪にはなりませんが、わかっているのにあえて税金を払わない、しかも仮装隠蔽してまで払わないのは一線を超えています。
このような意図的な脱税者は「逋脱犯(ほだつはん)」と呼ばれ、刑事訴追を受けることになります。
日本では刑事訴追ができるのは検察官だけなので、査察官は押収した証拠などを検察官に引き渡して逋脱犯を刑事告発します。
そこまでが査察官の仕事で、その後は検察官が引き継ぎます。
検察の捜査が終わるころに税務署・国税局から更正処分がでて納税義務が確定しますが、逋脱犯として刑事罰を受けることになるかはその後の刑事裁判の結果によります。

裁判の結果有罪となれば刑に服すことになります。
例えば、所得税の逋脱犯の法定刑は「十年以下の懲役若しくは千万円以下の罰金に処し、又はこれを併科する」となっています(所得税法238条1項)が、脱税額が千万円を超えるときは脱税額まで罰金を増額できることになっています(同条2項)。
つまり、脱税した税金は更正処分によって納税させられたうえ、最高で税額と同額の罰金を払い、さらには10年刑務所に入ることになるかもしれないということです。
法人税についても同様の法定刑があります(法人税法159条1項、2項)が、刑を受けるのは「法人の代表者、代理人、使用者その他の従業者」です(同条1項)。
社長、経理担当者が脱税に関与すれば、逋脱犯として刑務所行きになるかもしれません。

 

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調査がいやだからといって拒否しているとかえって怪しまれます。
なにもやましいことがなくても、何かしらのミスが見つかるのが普通です。
だからこそ調査がくるのです。
日頃から何でも顧問税理士に相談されるのがミスを減らす一番の方法だと思います。

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