おにぎりの次はサンドイッチです。
ダブル・アイリッシュ・ダッチ・サンドイッチってご存知ですか?
スターバックスには売ってませんけど。
今日はスタバも関係した国際税務のお話しです。
目次
ダブル・アイリッシュ・ダッチ・サンドイッチは食べ物ではありません。
アイルランドの税制、オランダ(ダッチ)との租税条約を組み合わせた節税スキームの通称です。
アメリカを代表する多国籍企業、特にIT企業がこぞって利用した方法で、一時は「究極の節税スキーム」といわれていました。
どうしてこんな名前がついたのでしょう?
アイルランドにある二つの子会社を利用しているからです。
一つは海外事業を管理する子会社(海外事業会社)、もう一つは知的財産権を保有する子会社(知財会社)です。
アップル(Apple Inc.)が1980年代後半からこのスキームを使ってアメリカの法人所得税課税を回避していたことで有名になりました。
「海外事業本部」的な位置づけの会社です。
アップルの場合、海外事業会社の実務はすべてアメリカの兄弟会社に外注されていたようです。
なんでこんなことをするかというと、アイルランドでの法人税課税を避けるためです。
アイルランドの税法では、たとえアイルランドで設立された法人であっても、法人の管理支配活動の実態が国外にしかない場合は、税法上はアイルランドの「内国法人」ではなく「外国法人」として取り扱うことになっています。
つまり、便宜的にアイルランドに設立されただけで、その管理支配が国外で行われているなら、会社法上はアイルランド法人でも税法上は「外国法人」として扱うということです。
この考え方(管理支配地基準)は、日本の税法の考え方(日本で設立された法人はすべて「内国法人」になる)である設立準拠地基準とは大きく異なります。
外国法人に課税される所得の範囲は、その国で稼いだ所得に限定されますので、海外事業会社がアイルランド国外でどれだけ稼ごうが、アイルランド政府には一銭も法人税を払わなくてよいのです。
一方、アメリカの税法も日本と同様に、設立国を基準に内国法人と外国法人を区別していますので、アイルランドで設立された海外事業会社はアメリカからみるとアイルランド法人(外国法人)になります。
アップルの場合、実際の事業管理はアメリカの関連会社に委任していたようなので、その委託料としていくらかのコストを海外事業会社が負担し、それを受け取った兄弟会社がアメリカで法人税課税を受けていたと思われます。
しかし、それらの負担は、海外事業会社がアメリカとアイルランドのいずれからも課税されないための「必要経費」のようなものです。
知的財産権(特許権、商標権、ノウハウなど)の保有者となるためだけに設立されたペーパーカンパニーです。
IT企業など知財やコンテンツなど無形財産が収益源になっている会社の場合、その権利の持ち主が稼ぎ頭になります。
ならば、稼ぎ頭を税金の安い国に移してしまえば、節税になるだろうということで、事業の主体(統轄会社)と権利の持ち主(知財会社)を分離します。
こんなことが可能なのも、無体財産権は観念的なもの(そもそも「権利」自体が法律上の観念的なものですが…)なので、権利を移転させるのもペーパーワークだけで容易にできるという知財ビジネスならでは身軽さのおかげです。
分離後は、統轄会社が知財会社が保有する権利を借りて事業を行い、その使用料を知財会社に支払います。
知財会社が稼ぐ使用料は知財会社の所在国で課税されますが、アメリカなど高税率国に比べれて税率が低い国を選べば、全体としては節税になります。
知財保有会社に対する優遇税制(いわゆるパテント・ボックス)を用意している国を使えば一層節税できます。
アイルランドの法人税率は12.5%です。
アメリカの法人税率35%(連邦税のみ)に比べればこれだけでも十分低いのですが、アップルは、アイルランド政府との個別交渉により、法人税を大幅にまけてもらっています。
アップルの知財会社のアイルランドでの実効税率は2%未満だったといいますから、相当うまく交渉したようです。
知財を借りて事業を行う海外事業会社と知財会社の間にオランダ法人を介在させている場合が「ダッチ・サンドイッチ」です。
なんのためにかというと、さらなる節税のためです。
知財などの無体財産権の使用料は、その権利が使用された国や、使用料の支払者がいる国で発生した所得として取り扱われます。
どこかの国の税法によって使用料が源泉徴収の対象になると、知財会社の手取り使用料が減ってしまいます。
知財会社が外国税額控除を適用するに足りる法人税を負担していれば、法人税と源泉税の二重課税を回避できますが、アップルのケースのように知財会社の法人税負担が極端に低い場合は無理でしょう。
また、知財会社が管理支配基準によって、アイルランドからみて「外国法人」になる場合には、アイルランドで発生した使用料に対してアイルランドで原則20%の源泉所得税がかかってしまいます。
知財会社がタックヘイブンなどの法人税のない国にある場合は、二重課税こそ避けられますが、源泉税が負担になることは避けられません。
そこで、オランダ法人の登場です。
アイルランドからオランダに払われる使用料については、租税条約によってアイルランドでの課税は免除されています。
オランダ以外にも免税になる国はそれなりの数(ロシア、スウェーデン、スイス、イギリスなど)があります。
源泉税のことだけを考えると、なにも「サンドイッチの具」はオランダでなくでもよさそうですが、使用料を受け取る法人の現地での法人税課税のことまで考えると、外国からの投資に手厚い優遇税制を用意しているオランダが最適なのでしょう。
一方、オランダにはそもそも使用料に対する源泉課税がないので、租税条約に頼らなくても知財会社はオランダからの支払いを満額受け取ることができます。
つまり、オランダ法人ならもらうも、払うも、使用料には源泉税なしというメリットがあるのです。
実は、ダッチ・サンドイッチは、ダブル・アイリッシュが有名になる前から、国際税務の現場では知られた手法でした。
オランダは、古くからいろいろな国と租税条約を締約しており、その中で外国の個人・企業に有利な税務上の取扱いを約束していましたので、他国との条約では不可能な節税もオランダとの条約を適用すれば可能になるといわれていました。
さすがに、オランダ居住者を形式的にサンドイッチ(介在)するだけでは、トリーティ・ショッピング(条約漁り)として否認されるリスクが高いので、オランダ居住者が取引に参加する合理的理由がある場合に限って使える手法ですが、ヤマグチが税理士になりたての頃までは「困ったときのダッチ・サンドイッチ」といって重宝されていました。
ダッチ・サンドイッチはダブル・アイリッシュの弱点を補うのにも重宝したということのようです。
アップルが始めたダブル・アイリッシュにダッチ・サンドイッチを追加したのはグーグルとかマイクロソフトだといわれています。
グーグル・アップル・フェイスブック・アマゾンの4社の頭文字をとったGAFAは高収益企業としてもてはやされています(マイクロソフトは収益性に劣るので仲間外れになってます)が、その利益率の高さの要因の一つは税負担の軽さです。
これらの4社の実効税率は10%を下回っています。
アメリカの上場企業の実行税率の平均が20%台といいますから、かなり低いです。
このことが、知られるにつれ「GAFAはアメリカでまともに税金を払っていないぞ」という噂が広まり、アメリカ議会も2012年から2013年にかけて公聴会を開き、各社からなぜ実効税率がそんなに低いのか事情をヒアリングしました。
その結果、ダブル・アイリッシュ・ダッチ・サンドイッチという手法が世間に知れ渡ったのです。
自国の税収が減った仕組みを知った米国議会はGAFAを非難したいところですが、合法的な節税スキームを罰することはできません。
そこで、管理支配地基準という税務インセンティブをエサにアメリカ企業を誘致したとしてアイルランドに怒りをぶつけました。
最初は反発していたアイルランドもアメリカからのプレッシャーには勝てず、2015年以降設立されるアイルランド法人については設立準拠地基準を適用し、2014年以前に設立された既存会社についても遅くとも2021年以降は設立準拠地基準を適用するよう税法を改正しました。
これでGAFAがアイルランドで課税されることになり、自国の税収は増えないもののアメリカの留飲もすこしは下がりそうです。
GAFAは巨額な収益を上げている企業だけに目立ってしまい「やりすぎ」感が強調されますが、実効税率を下げて税引後利益の最大化を図ろうとする姿勢は、GAFAに限らずアメリカ企業全体に共通します。
GAFAやアイルランドにもやりすぎたところはありそうですが、たたく側にもやりすぎているところがあるように思います。
もっとも、GAFAの顧客は世界中にいます。
世界中にいますが、現行の法人所得税の課税の仕組みからすると、GAFAの事業所得に課税できるのは、アイルランドのように事業拠点(恒久的施設=PE)がある国に限定されてしまいます。
これを面白くないと思っている国はたくさんあります。
最近よくニュースになっているデジタル課税は、売上げに課税する一種の付加価値税で、「PEなければ課税なし」という所得課税の限界を打破する新たな税制として論じられています。
新しい税制なので、OECDなどの先進国主導のコンセンサスも形成されておらず、所得課税に比べて新興国も自国の論理を優先して導入しやすいといえます。
事実、マレーシアが2020年からデジタル課税の導入を最近表明しています。
EU諸国もアイルランドの優遇税制によって自国の歳入を奪われていると不服のようで、その対策としてデジタル課税を検討しているようです。
ITに限らず知財やノウハウを使ったビジネスは、ダブル・アイリッシュ・ダッチ・サンドイッチなどの節税スキームを利用しやすいといえます。
スターバックスはイギリスで儲けているはずなのに、同国の現地法人は進出以来15年のうち14年も損失を計上していました。
これが怪しいとして、スターバックスは英国議会の公聴会に呼ばれます。
そこで、明かになったのは、英国法人がオランダ法人が保有する知財を使用し、スイス法人からコーヒー豆を仕入れており、それぞれの法人に高額の対価を支払っているという事実でした。
ここでもオランダは重宝したようで、スターバックスはオランダ政府と個別に優遇税制の適用に関する協定を結んでいます。
こういった交渉を持ち掛ける企業もしたたかですが、それに報じる国もなかなかなものです。
これがアイルランドやオランダの強みなんでしょうね。
GAFAは日本市場でも大きな存在です。
ヤマグチもグーグル、フェイスブックの有料サービスを利用していますし、iphoneもアマゾンも使ってます。
もはや社会インフラといってもいいくらいです。
とうことで、国民はともかく、日本政府が「日本もなんかしたい」と思うのは当然の流れでしょう。
デジタル課税についてはOECDから変な期待をかけらているようですが、当面は日本から海外への知財の流出を防止したいようで、移転価格税制を使って日本企業への課税強化をする方針を打ち出しています。
それも大事ですが、うかうかしてるとしたたかなヨーロッパに出し抜かれたり、傍若無人な米中に仕切られそうです。
どうする日本?
GAFAの中でアマゾンの節税手法は異質です。
「PEなければ課税なし」のルールを最大限活用すべく、巧みに各国でのPE認定を避ける工夫をしています。
なにしろ、アメリカ以外ではほとんど法人税を払っていないようで、日本での法人税の納税額も事業規模に比べて不自然なくらい少額だったそうです。
2009年には東京国税局から国内の物流拠点がPEにあたるとして更正課税処分を受けています。
アマゾンはこれを不服として争い、日米間で租税条約に基づく「相互協議」が行われました。
結果は、わずか1年という短期間の協議でアメリカの圧勝だったそうです。
アメリカで納税してる場合は、アメリカ政府は本気だすということがよくわかります。
がんばれニッポン!負けるなニッポン!
ヤマグチは国税庁相互協議室を応援します(勝手ながら)。
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スタバの店内にクリスマスソングが流れるようになりました。
カップも紙袋もクリスマス仕様です。
はぁー…もう年末…どうするヤマグチ?