新しいビジネスの登場は会計・税務にも変化をもたらします。
知的財産権やノウハウなど、目には見えないけれども、確かに存在する権利…はどう取り扱われているのでしょう。
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ビジネスに使う権利やノウハウを取得したとき、その取得のために支出した金額は費用になるのでしょうか?
あるいは資産計上すべきでしょうか?
この問題も、以前ブログ「減価償却について」でとりあげた「費用収益対応の原則」と関係してきます。
その支出によって得られる価値・効用が一時的なものなら「費用」、長期間にわたって実現していくものであれば「資産」として計上することになります。
多くの方にとって、土地、建物、工具、器具・備品といった物理的に存在する(形のある)モノは、その見た目から価値をイメージしやすいので、これらのモノを資産計上するのはごくごく普通に感じられると思います。
一方、知的財産権など法律で保護されている権利、ソフトウェアなどの著作物などは目にすることも触れることもできないために、それに資産としての価値(資産性)があるといえるか迷ってしまうこともあろうかと思います。
しかし、形がなくても、価値をもち、長期間にわたってその効用が実現していくものであれば、有形物と同じように資産計上するのが会計の基本ルールです。
まず、企業会計の原則を定める「企業会計原則」は以下のように規定しています(第三 貸借対照表原則、四(一)資産B 固定資産の分類及び内容)。
固定資産は、有形固定資産、無形固定資産及び投資その他の資産に区分しなければならない。
(略)
営業権、特許権、地上権、商標権等は、無形固定資産に属するものとする。(略)
次に、会社計算規則(会社法の委任を受けて財務大臣が定める細則)にも以下のような規定があります。
第74条 資産の部の区分
2 固定資産に係る項目は、次に掲げる項目に区分しなければならない。この場合において、各項目は、適当な項目に細分しなければならない。
一 有形固定資産
二 無形固定資産
三 投資その他の資産3 次の各号に掲げる資産は、当該各号に定めるものに属するものとする。
(略)
三 次に掲げる資産 無形固定資産
イ 特許権
ロ 借地権(地上権を含む。)
ハ 商標権
ニ 実用新案権
ホ 意匠権
ヘ 鉱業権
ト 漁業権(入漁権を含む。)
チ ソフトウエア
リ のれん
ヌ リース資産(当該会社がファイナンス・リース取引におけるリース物件の借主である資産であって、当該リース物件がイからチまで及びルに掲げるものである場合に限る。)
ル その他の無形資産であって、無形固定資産に属する資産とすべきもの
このように会計上は「無形固定資産」というカテゴリーを設けて、一定の無体財産権を資産計上するよう要請しています。
企業会計原則は「等」、会社計算規則は「その他の」と幅をもたせて無形固定資産の範囲を規定していますので、個別に列挙されているもの以外の無体財産権も無形固定資産に計上される余地があります。
所得税法、法人税法でも「無形固定資産」の範囲が問題となります。
特に、減価償却できる資産(減価償却資産)の範囲はきっちりと法令で限定的に列挙する形で規定していますので、会計上の無形固定資産とその範囲にズレが生じる場合があります。
所得税法2条19号(減価償却資産)
不動産所得若しくは雑所得の基因となり、又は不動産所得、事業所得、山林所得若しくは雑所得を生ずべき業務の用に供される建物、構築物、機械及び装置、船舶、車両及び運搬具、工具、器具及び備品、鉱業権その他の資産で償却をすべきものとして政令で定めるものをいう。法人税法2条23号(減価償却資産)
建物、構築物、機械及び装置、船舶、車両及び運搬具、工具、器具及び備品、鉱業権その他の資産で償却をすべきものとして政令で定めるものをいう。
無形固定資産のうち減価償却できるものは「政令で定めるもの」として各法の施行令(法律の委任を受けて内閣が制定する命令)で以下の18種類が具体的に規定されており(所得税法施行令6条8号、法人税法施行令13条8号)、その耐用年数は「耐用年数省令」(施行令の委任を受けて財務大臣が制定する命令)で決められています。
上記のうち特許権、実用新案権、意匠権及び商標権をまとめて「工業所有権」と呼ぶこともあります(法人税基本通達7-1-4の3)。
著作権、肖像権、パブリシティ権、商号権、営業秘密など上記18種類に含まれない無体財産権は税務上償却できません。
「資産」である以上、 無形固定資産の譲渡・貸付が国内で行われていれば消費税の課税対象取引になります。
もっとも、譲渡・貸付が行われた場所が国内か国外かの判定は、その資産の種類ごとに個別に考える必要があります。
具体的には以下のような基準が法律で定められています(消費税法4条3項)。
資産の譲渡等が国内において行われたかどうかの判定は、次の各号に掲げる場合の区分に応じ当該各号に定める場所が国内にあるかどうかにより行うものとする。ただし、第3号に掲げる場合において、同号に定める場所がないときは、当該資産の譲渡等は国内以外の地域で行われたものとする。
一 資産の譲渡又は貸付けである場合当該譲渡又は貸付けが行われる時において当該資産が所在していた場所(当該資産が船舶、航空機、鉱業権、特許権、著作権、国債証券、株券その他の資産でその所在していた場所が明らかでないものとして政令で定めるものである場合には、政令で定める場所)
「その所在していた場所が明らかでないものとして政令で定めるもの」と「政令で定める場所」は以下のように無体財産権の種類ごとに具体的に規定されています(消費税法施行令6条1項)。
四 鉱業権若しくは租鉱権又は採石権その他土石を採掘し、若しくは採取する権利(以下この号において「採石権等」という。) 鉱業権に係る鉱区若しくは租鉱権に係る租鉱区又は採石権等に係る採石場の所在地
五 特許権、実用新案権、意匠権、商標権、回路配置利用権又は育成者権(これらの権利を利用する権利を含む。)これらの権利の登録をした機関の所在地(同一の権利について2以上の国において登録をしている場合には、これらの権利の譲渡又は貸付けを行う者の住所地)
六 公共施設等運営権 公共施設等運営権に係る民間資金等の活用による公共施設等の整備等の促進に関する法律(平成11年法律第117号)第2条第1項(定義)に規定する公共施設等の所在地
七 著作権(出版権及び著作隣接権その他これに準ずる権利を含む。)又は特別の技術による生産方式及びこれに準ずるもの(以下この号において「著作権等」という。) 著作権等の譲渡又は貸付けを行う者の住所地
八 営業権又は漁業権若しくは入漁権 これらの権利に係る事業を行う者の住所地
外国法人・非居住者から譲渡・貸付を受ける権利は「国外取引」となり、消費税の課税対象外になるのが一般的ですが、その権利が日本で登録されている場合は「国内取引」にあたることもありそうです。
外国法人・非居住者から譲渡・貸付を受ける権利の対価には所得税の源泉徴収が必要になるのが一般的です。
源泉徴収の要否はまずは国内法(所得税法等)に照らして判断しますが、対価の支払い先が日本との租税条約の相手国の居住者であるときは、租税条約の規定も考慮して判断しなければなりません。
(所得税法212条1項)
非居住者に対し国内において第161条第1項第4号から第16号まで(略)に掲げる国内源泉所得(略)の支払をする者又は外国法人に対し国内において同項第4号から第11号まで若しくは第13号から第16号までに掲げる国内源泉所得(略)の支払をする者は、その支払の際、これらの国内源泉所得について所得税を徴収し、その徴収の日の属する月の翌月10日までに、これを国に納付しなければならない。(所法161条1項11号)。
十一 国内において業務を行う者から受ける次に掲げる使用料又は対価で当該業務に係るもの
イ 工業所有権その他の技術に関する権利、特別の技術による生産方式若しくはこれらに準ずるものの使用料又はその譲渡による対価
ロ 著作権(出版権及び著作隣接権その他これに準ずるものを含む。)の使用料又はその譲渡による対価
税率は20.42%(所法213条1項1号、東日本大震災からの復興のための施策を実施するために必要な財源の確保に関する特別措置法9条、13条、28条。)です。
国内法では①「国内において業務を行う者」が②「国内において」支払う対価で③「当該業務に係るもの」が源泉徴収の対象となります。
つまり、権利対価のうち国内業務に使用される部分を国内で生じた所得とします(使用地主義)。
例えば、日本法人が外国法人の特許を使って第三国でビジネスをする場合、その特許権の使用料は国内業務に使用されるものではないため、使用地主義のもとでは日本で生じる所得にあたらず、源泉徴収も不要です。
租税条約によっては、権利が使用された場所ではなく、対価の支払い場所(支払者の所在国)で所得が生じたという考え方(債務者主義)に修正されることがあるため、注意が必要です。
例えばイタリアとの租税条約には次のような条項があります。
日伊租税条約12条(4)
使用料は、その支払者が一方の締約国又はその地方政府、地方公共団体若しくは居住者である場合には、その締約国内で生じたものとされる。
国内法では、特許の使用地が国外であれば日本での源泉徴収は不要であるはずなのに、日伊租税条約のもとでは、使用地にかかわらず支払者が日本の居住者が支払う使用料は日本で生じた所得になってしまい、日本で源泉徴収が必要です。
ちなみに、このように租税条約を適用したために不利な課税関係が生じるのは、所得税法が使用料など一定の所得についてプリザベーションクローズを適用しない旨明文の定め(所得税法162条)を置いているためです。
一方で、支払国での所得税を免除・軽減している租税条約も多くあります。
日本との租税条約に免税条項のある相手国:
アイスランド、アメリカ、イギリス、オーストリア、オランダ、スイス、スウェーデン、デンマーク、ドイツ、フランス、ベルギー、ラトビア、リトアニア、ロシア
日本から支払う使用料に租税条約を適用するには、その支払いに先立って「租税条約に関する届出書」を所轄税務署に提出しておく必要があります。
租税条約(使用料)
「特典制限条項」のある租税条約を適用するときは、「届出書」に「特典条項に関する付表」などを添付しなければなりません。
この「特典条項に関する付表」は支払相手国ごとに書式が異なります。
また、「居住者証明書」などの添付を求められることもあり、支払先の協力なしには作成・提出できないやっかいな代物です。
非居住者・外国法人に支払う工業所有権の使用料・譲渡対価、著作権の使用料は支払調書の報告対象になります(所法225条1項8号、所法161条1項11号)。
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ヤマグチが税理士試験を受けていたころソフトウエアは繰延資産の一つでした。
試験合格後の税制改正(平成12年)で無形固定資産になりました。
いろいろ新しい権利が取引対象になるにつれ、税務上の無形固定資産の範囲も広がっていくように思います。